もうひとつのスポーツ「ゆるスポーツ」

いま、日本で新しいスポーツが次々に生まれているという。

手にツルツルのハンドソープをつけてハンドボールをする「ハンドソープボール」、専用のイモムシウェアを着てほふく前進や転がりながら移動する「イモムシラグビー」、うんちの帽子をかぶって体を動かす「うんちスポーツ」なんてものもある。

スポーツと呼ぶには、なんだか〝ゆる〜い〟感じ。それもそのはず、これらのスポーツは「ゆるスポーツ」と呼ばれていて、年齢や性別、運動能力に関係なく「誰でも平等に楽しめること」に主眼が置かれているからだ。

ハンドボールのように見えて、手にツルツルと滑るハンドソープをつける「ハンドソープボール」。ボールを落とすたびに、手にハンドソープが追加される

ハンドボールのように見えて、手にツルツルと滑るハンドソープをつける「ハンドソープボール」。ボールを落とすたびに、手にハンドソープが追加される

体験イベントには老若男女関係なく、たくさんの人が集まる。イベント後のアンケートでは、ほぼすべての人が「もう一度やりたい」と回答するほどの人気ぶりだ。

それにしてもなぜ、ゆるスポーツが注目されているのだろうか?その理由を、ゆるスポーツの発案者で「世界ゆるスポーツ協会」代表理事の澤田智洋さんは、こう話してくれた。

「ゆるスポーツでは、身体の一部を制限してしまうんです。そうすると、みんなの身体能力の差が失われて、誰でも同じフィールドに立つことができるようになる。僕は、世界から『スポーツ弱者』をなくしたいと思っているんです」。

もっと〝ゆる〜い〟理由なのかと思いきや、意外や意外、その理念は深いところに根ざしている。

ゾンビサッカーでゾンビ役となった人たち。マスクをかぶると、何も見えない

ゾンビサッカーでゾンビ役となった人たち。マスクをかぶると、何も見えない

たとえば、生身の人間とアイマスクとゾンビの仮面を付けた「ゾンビ」がボールを奪い合う「ゾンビサッカー」。この競技は、パラリンピックの正式競技で、目の見えない視覚障害者がプレーする「ブラインドサッカー」の面白さを一般の人たちにも感じてもらうために考案された。
競技では、視覚を失ったゾンビが、生身の人間からボールを奪う。生身の人間には鈴がつけられ、ボールからは人間の叫び声が流れているので、ゾンビはその音だけをたよりにボールの位置を把握しなければならない。実際にプレーをすると、若くて運動能力の高い人でも、ゾンビ役になるとほとんど動けない。一方、目の見えない障害者がゾンビ役をすると、身軽に動いてあっという間にボールを奪っていく。

「スポーツ弱者をなくすには、みんなに同じ障がいを持たせればいい。そうすれば、既存のスポーツに参加できなかった人でも、ヒーローになれる可能性が出る。スポーツの選択肢を広がれば、もっとスポーツを楽しめる人が増えるんです」。

紙相撲で、指で机を叩く代わりに特殊な装置を使って「トントン」という声を出すことで土俵を振動させる「トントンボイス相撲」。声を出すことで、高齢者の喉の機能回復につなげる目的で考案された

紙相撲で、指で机を叩く代わりに特殊な装置を使って「トントン」という声を出すことで土俵を振動させる「トントンボイス相撲」。声を出すことで、高齢者の喉の機能回復につなげる目的で考案された

澤田さんは、ゆるスポーツを体験できるイベントを開催するほか、新しいスポーツを発案することにも力を入れている。2015年に同協会が設立されてから、考案されたスポーツはすでに50を超えた。その多くが、企業や大学などの教育機関、社会福祉施設の人たちなどと協力してつくりあげた。
「このまま医学が発展すれば、人生100年なんて当たり前の社会になるかもしれない。つまり、これからの人類はヒマになっていく可能性がある。そんな時代だからこそ、誰でも、どんな年齢になっても楽しめるスポーツが必要になるはずです」。

もともと澤田さんは「『スポーツ』という言葉が大嫌いだった」という。子どものころから運動が苦手で、学生時代も音楽が好きでバンド活動をしていたタイプだった。それが、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて世間が盛り上がる姿を見て、「このままではお祭り騒ぎに参加できないから、だったら『スポーツを新しく作っちゃえ』となった(笑)」。

そんな澤田さんが考えたゆるスポーツの原点は「勝ってうれしい、負けて楽しい」。ゾンビサッカーでも、ただアイマスクを付けるだけではなく、ゾンビマスクをかぶせ、ゾンビ同士の位置を確認するためには「う〜う〜」と、うめき声を出すことがルールになっている。端から見ると少し滑稽だが、それが参加者と観客の笑いを誘い、みんなで楽しめる競技になるよう工夫している。

ボールを激しく動かすと、赤ちゃんの泣き声がしてしまう「ベビーバスケ」。ボールを泣かせないように、そっとパスをする。泣いてしまえば、ボールをあやさないといけない。

ボールを激しく動かすと、赤ちゃんの泣き声がしてしまう「ベビーバスケ」。ボールを泣かせないように、そっとパスをする。泣いてしまえば、ボールをあやさないといけない。

真面目にプレーしているからこそ、笑いがおきる。それが潤滑油となって、コミュニケーションのツールとなり、健康の増進にもつながる。今では、社員同士の親睦を深めるため、企業内のイベントでゆるスポーツが採用されていることもある。澤田さんは言う。

「スポーツというのはすごい力を持っている。ゆるスポーツを通じて、自分が知らなかったスポーツの魅力をたくさん発見できました。昔は大嫌いだったけど、いま、一番尊敬しているものは『スポーツ』なんです」。

手錠によって拘束された状態でプレーする「手錠バレー」

手錠によって拘束された状態でプレーする「手錠バレー」。

政府は、東京オリンピック・パラリンピックに向けて「1億総スポーツ社会」を目指している。だが、ゆるスポーツを体験すると、スローガンを掲げて堅苦しく考えるのではなく、スポーツを〝ゆる〜く〟楽しめる人が増えれば、それで十分なように思えてきた。これでいいのだ。

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