TCFD提言に基づく情報開示
中外製薬グループは、2020年1月にTCFDの提言に対する賛同を表明しました*1。成長戦略「TOP I 2030」(2021年~2030年)においても、トップイノベーター像の実現に向けた5つの改革の一つである「成長基盤の強化」の中に「地球環境対策の実行」を掲げ、中外製薬グループのミッションと、経済、社会、環境に当社の事業がおよぼす影響を踏まえて特定したマテリアリティ(重要課題)への取り組みを強化しています。
TCFDとは

TCFD*2は、民間主導による気候関連財務情報の開示に関するタスクフォースとして、2015年のG20における各国首脳の要請を受けて金融安定理事会が設置しました。中外製薬はTCFDのフレームワークに基づき、気候変動対策に関するガバナンスの強化や、リスク・機会の分析とその財務的な影響等を踏まえたシナリオ分析を進め、気候変動リスクと機会への対応およびさらなる情報開示の充実に取り組み、持続的な成長のための基盤強化を図っています。
- *2 TCFD
https://www.fsb-tcfd.org/(英語のみ)
2020年時点におけるTCFD提言への取組状況について、TCFDが開示を推奨する、気候変動に関するリスク及び機会に係る「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」に沿って、以下ご報告します。
現在、最新の情報で分析を実施しています。
TCFD推奨開示項目 | ||
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ガバナンス | 気候関連リスクと機会に関する組織のガバナンス | 1. 気候変動関連のリスク及び機会についての取締役会による監督体制 |
2. 気候変動関連のリスク及び機会を評価・管理する上での経営者の役割(2023年7月時点) | ||
戦略 | ビジネス・戦略・財務計画に対する気候関連のリスク及び機会の実際の及び潜在的な影響(重要情報である場合) | 3. 組織が識別した、短期・中期・長期の気候関連のリスク及び機会 |
4. 気候関連のリスク及び機会が組織のビジネス・戦略・財務計画に及ぼす影響 | ||
5. 2℃以下シナリオを含む、さまざまな気候関連シナリオに基づく検討を考慮した、組織の戦略のレジリエンス | ||
リスク管理 | 気候関連リスクの識別・評価・管理の状況 | 6. 気候関連リスクを識別・評価するプロセス |
7. 気候関連リスクを管理するプロセス | ||
8. 気候関連リスクを識別・評価・管理するプロセスが組織の総合的リスク管理にどのように統合されているか | ||
指標・目標 | 気候関連リスク及び機会を評価・管理する際に使用する指標と目標(重要情報である場合) | 9. 組織が、自らの戦略とリスク管理プロセスに即して、気候関連のリスク及び機会を評価する際に用いる指標 |
10. 温室効果ガス排出量と、その関連リスク(Scope1、2、3) | ||
11. 組織が気候関連リスク及び機会を管理するために用いる指標、及び目標に対する実績 |
シナリオ分析概要
シナリオ分析とは、地球温暖化や気候変動そのものの影響や、気候変動に関する長期的な政策動向による事業環境の変化等にはどのようなものがあるかを予想し、そうした変化が自社の事業や経営にどのような影響を及ぼしうるかを検討するための手法です。*3
中外製薬グループでは下記の通りSTEP1およびSTEP2の段階を経てシナリオ分析を行いました。また、将来の気候変動のシナリオはIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)によって考えられた2つのRCPシナリオ、RCP8.5(4℃シナリオ)およびRCP2.6(2℃シナリオ)を使用して分析しました。
使用したRCPシナリオ概要*4
シナリオ名称 | 温暖化対策 | 平均(℃) | 「可能性が高い」予測幅(℃) |
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RCP8.5 | 対策なし | +3.7 | +2.6~+4.8 |
RCP2.6 | 最大 | +1.0 | +0.3~+1.7 |
- *4 IPCC第5次評価報告書
【STEP1】リスク・機会の定性評価
- 各種公開情報調査と専門家ヒアリング
- 物理的リスク、移行リスク、機会の識別
- 各リスクの検討・整理
(一般的な製薬業種のバリューチェーン(研究・開発・調達・製造・出荷・販売)に基づき、各バリューチェーンでどのようなリスク・機会が存在するか調査)
リスク | 機会 | |
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物理的リスク | 移行リスク | |
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【STEP2】リスクシナリオ分析
- リスクシナリオ分析範囲設定
- 現状・気候変動後の風水災リスク分析
- 財務インパクトの試算
気候変動リスク・機会の定性評価概要
物理的リスク | ||
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急性リスク |
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一般*5 |
慢性リスク |
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一般*5 |
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一般*5 | |
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製薬*5 | |
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製薬*5 | |
移行リスク | ||
政策と法 |
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一般*5 |
テクノロジー |
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一般*5 |
市場 |
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一般*5 |
評判 |
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一般*5 |
機会 | ||
資源効率 |
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一般*5 |
エネルギー |
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一般*5 |
製品とサービス |
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製薬*5 |
市場 |
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製薬*5 |
レジリエンス |
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一般*5 |
- *5 製薬:製薬セクター特有の事情との関連性が高いリスク、一般:製造業を中心とした一般企業に当てはまるリスク
TCFD提言に対する中外製薬グループの対応
1. 気候変動関連のリスク及び機会についての取締役会による監督体制
中外製薬では、業務執行の迅速化と執行責任の明確化を目的に執行役員制度を導入し、経営上の最重要事項に関する意思決定機能と業務執行機能を分離しています。前者を担う機関が取締役会(Board of Directors)です。後者は取締役会から業務執行の権限を委託された執行役員が行い、取締役会で決定する経営上の最重要事項以外の業務執行上の意思決定は、経営会議(Executive committee)等において行っています。
取締役会は、気候変動関連のリスク及び機会を含む経営上の最重要事項に関する意思決定機能を担っており、業務執行状況に関する四半期ごとの定期報告や経営会議における重要決定事項の報告を受け、業務執行の監督を行っています。
経営会議では、気候変動関連を含むサステナビリティに関する全社の経営戦略及び業務執行上の重要な意思決定を行っており、執行面の責任については経営会議メンバー全員が関与・コミットする体制となっています。より具体的且つ専門的な事項の戦略策定、ならびにその推進の統括は、経営会議の諮問機関としてEHS推進委員会(年2回開催)及びリスク管理委員会(年4回開催)などの経営専門委員会が担っています。
EHS(環境・安全衛生)推進に関する課題については、EHS推進委員会がEHSに関して十分な審議を行った上で、経営会議に付議し、取締役会に報告しています。EHSリスクの管理については、リスク管理委員会が、EHSを含む全社に影響を及ぼすリスクの特定及び対策を策定した上で経営会議に付議し、取締役会に報告しています。
2. 気候変動関連のリスク及び機会を評価・管理する上での経営者の役割(2023年7月時点)
気候変動対策を含むサステナビリティ全体の責任は、代表取締役社長最高経営責任者(CEO)が担っており、取締役会ならびに経営会議の議長も務めています。気候変動対策を含むEHS推進業務執行及びリスク管理責任は、経営会議のメンバーであり、かつ経営専門委員会である EHS推進委員会及びリスク管理委員会の各委員長である担当執行役員が担っています。各担当執行役員は、経営会議で意思決定された事項に基づいて、EHS推進業務執行及びリスク管理システムの監督を行っています。
3. 組織が識別した、短期・中期・長期の気候関連のリスク及び機会
リスク:TCFDが定義するハイリスクセクターのように、長期的に大規模な事業転換や投資を必要とするような重大な気候関連リスクは認識されていません。ただし、製造業で共通する気候関連リスクとして、製造拠点や調達品に関する気候災害、水不足リスク、バリューチェーン上の炭素税などの継続的なリスク分析が必要であり、対応策を検討します。
機会:気温上昇などによる特定の疾病の上昇といった事業機会は考えられますが、例えば再生可能エネルギーやEV等のような大きなポテンシャルのある項目は、現時点で認識されていません。ただし、平均気温上昇や降水・洪水などの増加によって抗生物質が効かない薬剤耐性菌が増加すると予測されるため、新たな研究開発などの機会が増加すると考えています。
4. 気候関連のリスク及び機会が組織のビジネス・戦略・財務計画に及ぼす影響
製薬セクターのGHG排出強度(スコープ1/2)は自動車セクターよりも55%程度多いとの研究もあり、今後製薬業界に対する新たな規制強化が実施される可能性も念頭に規制動向は注視することが必要と考えています。一方で、環境負荷を低減する製造プロセスの構築や、サプライチェーン全体の気候レジリエンスの強化といった、製造業一般に当てはまる機会のポテンシャルは大きいと考えています。
5. 2℃以下シナリオを含む、さまざまな気候関連シナリオに基づく検討を考慮した、組織の戦略のレジリエンス
国内の主力製品の製造および物流拠点について、気候変動シナリオとして2℃シナリオ、4℃シナリオに基づいてシナリオ分析を行いました。その結果、風水災リスク下での売り上げ減少額は現状の想定(39.6億円/年)と比較して、2℃シナリオの場合約37%増加(54.1億円/年)、4℃シナリオの場合約60%増加(63.3億円/年)になることを試算しています。
6. 気候関連リスクを識別・評価するプロセス
中外製薬グループは、気候変動リスクを含むグローバルおよび国内のリスクマップを作成し、リスク管理のツールとして活用しています。経営会議の諮問委員会の一つであるリスク管理委員会は、リスクマップで特定されたリスクのうち、特に経営に大きな影響を与えるものを全社リスクとして特定し、対応する部署を選定します。リスクは影響度(財務的影響)および発生可能性(発生頻度)から固有リスクスコアを算出します。すでにとった対策、対策をとれる体制の有無、専門家の見解等をスコア化し、固有リスクから差し引いた残余リスクについて優先順位を決定します。残余リスク3.67以上のリスクが戦略面で重大な影響があると判定され、優先的に対応策が検討されます。なお、残余リスクは高(3.67~5.00)、中(2.34~3.66)、低(1.00~2.33)の3段階に分類され、高、中、低の順序で対応されます。
7. 気候関連リスクを管理するプロセス
リスク対策に取り組んでいる部署は、3カ月ごとにリスク管理委員会で報告します。リスク管理委員会は、必要に応じて報告内容を評価し、経営会議に報告します。
8. 気候関連リスクを識別・評価・管理するプロセスが組織の総合的リスク管理にどのように統合されているか
気候関連リスクはリスクマップ作成時の11の主要なリスクカテゴリに含まれています。リスクカテゴリは1.自然災害、2.政治的、経済的、社会的、3.ビジネス構造、4.株主、投資家、5.バリューチェーン、6.管理、7.人間、8.環境と安全性、9.その他のコンプライアンス、10. GxP;および11.その他に分類されており、気候関連のリスクは、主に1、5、8で特定されます。このように気候関連リスクを識別・評価・管理するプロセスは組織の総合的リスク管理に統合されています。
9. 組織が、自らの戦略とリスク管理プロセスに即して、気候関連のリスク及び機会を評価する際に用いる指標
中外製薬グループは中長期的な視点をもって環境保全活動を推進しており、2020年に前中期環境目標の結果分析や社会からの期待・要望の変化を踏まえ、より長期視点かつ包括的な「中期環境目標2030」を策定しました。「中期環境目標2030」では、水リスクや化学物質管理なども含め、中長期視点でマテリアリティへの対応を包含できるよう10項目を設定しました。また、多くの項目では、2030年に向けてのマイルストーンを2025年に設定しています。さらに、長期的かつ大規模な対策が必要となる気候変動対策については、2050年を最終年とした長期目標として、CO2排出量ゼロを目指すこととしています。
中期環境目標2030 気候変動対策
領域 | 項目 | KPI(基準年2019年) |
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気候変動対策 (地球温暖化防止) |
Scope 1+2*6 CO2排出量 |
2025年:40%削減 2030年:60-75%削減 2050年:排出ゼロ |
Scope 1+2*6 エネルギー消費量 |
2025年:5%削減*7 2030年:15%削減*7 |
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サステナブル電力比率 | 2025年:100% | |
営業車両総燃料使用量 | 2025年:35%削減 2030年:75%削減 |
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フロン類使用量 | 2025年:25%削減 2030年:100%削減 (基準年2020年) |
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Scope 3 CO2排出量*8 | 2030年:30%削減 |
- *6 Scope 1:直接排出量、Scope 2:エネルギー起源間接排出量
- *7 延べ床面積当たり(賃貸物件を除く)
- *8 Scope 3:Scope 1、2以外の間接排出量、2021年に目標を追加
また、中期環境目標達成に向け、項目別に年ごとの目標を定め、その活動結果を評価し、次年度に反映することにより環境・安全活動を継続的に推進しています。
中期環境目標2030の詳細は「目標と取り組み」をご覧ください。
10. 温室効果ガス排出量と、その関連リスク(Scope1、2、3)
スコープ1、2およびスコープ3排出量はそれぞれ、49,405トン、11,940トンおよび2,251,205トンでした。スコープ1排出量は、自社による直接排出量を算定しており、ガソリン、軽油、重油、都市ガス、LPGの使用に伴うCO2排出量およびフロン類、炭酸ガス等の排出量が含まれています。スコープ2排出量は、他者から供給された電力等のエネルギー使用に伴うCO2排出量です。2022年は電力使用量の多い国内工場・研究所において電力会社が提供するサステナブル電力への転換を推進し、スコープ2排出量を基準年から82%削減しました。
スコープ3排出量は、基準年比2.3倍の2,251,205トンでした。スコープ3排出量は、スコープ1、スコープ2以外の事業の活動に関連する間接的なCO2排出量です。2022年はスコープ3の74%を占めるカテゴリ1(購入した製品・サービス)が新製品の開発等による生産量増加に伴い基準年833,110トンから1,670,420トンの2.0倍に増加しました。また、23%を占めるカテゴリ2(資本財)が2022年10月に竣工した中外ライフサイエンスパーク横浜に設備投資を行ったことで7.4倍に増加しました。
11. 組織が気候関連リスク及び機会を管理するために用いる指標、及び目標に対する実績
中期環境目標2030で設定した、Scope1+2エネルギー消費量削減目標*7は2019年比で2025年5%削減、2030年15%削減です。2022年のエネルギー使用量は2,301GJ、延床面積あたりのエネルギー消費量は、基準年比32%減の5.3GJ/m2でした。これは、2022年に竣工した中外ライフサイエンスパーク横浜と2023年閉鎖予定の鎌倉研究所・富士御殿場研究所がどちらも稼働しているので、延床面積が大きくなったことに起因しています。
また、営業車両総燃料使用量においては、2019年比で2025年35%削減、2030年75%削減の目標に対し、2022年は基準年比48%削減、総燃料使用量は22,769GJでした。
気候変動リスクにおけるシナリオ分析結果
シナリオ分析の結果、定性評価としては、TCFDが定義するハイリスクセクターのように、長期的に大規模な事業転換や投資を必要とする重大な気候関連リスクは認識されませんでした。但し、製造業で共通する気候関連リスクとして、製造拠点や調達品に関する気候災害、水不足リスク、バリューチェーン上の炭素税などの継続的なリスク分析が不可欠であるとの結果が出ています。また、製薬セクターのGHG排出強度(スコープ1/2)は必ずしも低くはないとの研究もあり、業界全体の規制強化も想定することが必要だと考えています。
定量評価としては、国内の主力製品の製造および物流拠点を対象に、2℃シナリオおよび4℃シナリオの気候変動シナリオ分析を行いました。その結果、風水災リスク下での売上減少額は現状の想定(39.6億円/年)と比較して、2℃シナリオの場合約37%増加(54.1億円/年)、4℃シナリオの場合約60%増加(63.3億円/年)と試算しています。また、全製品を扱っている東日本物流センター*9が1カ月以上停滞した場合は723億円の被害が見込まれ、現状では0.01%と試算されるその発生確率は、B1シナリオでは0.04%に、A2シナリオでは0.06%に上昇すると試算されています。
なお、当該分析については、以下の手順にて行っています。
- 各拠点の緯度経度から計画規模と浸水深情報のもと物件毎の浸水深の確率分布を算出
- 浸水深毎の営業停滞日数、発生頻度から「現状の風水災リスク」として売上減少額の期待値を算出
- 気候変動による大規模降雨頻度変動情報を加味した分布に修正
- シナリオ毎の売上高減少額の期待値を「気候変動後の風水災リスク」として試算
- *9 2021年1月より災害マップに基づく浸水対策を実施した新物流センターに移転済
各拠点気候変動リスク評価結果

TCFDシナリオ分析でのリスク項目については、BCP対策などで実施していた項目と一致しており、気候変動リスク分析の財務インパクトにおいても、これらの取り組みを通じ、想定影響額は低減された結果となりました。具体的には、浮間工場にて震災・浸水対策として第3号施設(UK3)建設の際に高さ5mの浸水対策を実施したほか、2021年1月に移転新物流センターでは災害マップに基づく浸水対策を実施しています。
引き続き、当該分析結果を通じた気候変動リスクと機会への対応とさらなる情報開示の充実に取り組んでいきます。