患者さんとともにつくるくすり
患者さん視点でのくすりづくり
欧米で推進されてきた「PPI:Patient and Public Involvement(患者・市民参画)」という考え方が日本でも広がっています。元々は医学研究・臨床試験などにおいて計画段階から患者さんや市民が参画し、その視点や意見を反映させる取り組みのことです。
日本におけるPPIは、患者さんが経験する発病から診断、治療に至る様々な段階における声を取り入れ、患者さんとともにより良い医療を実現するための取り組みとして、創薬や育薬のプロセス中心に発展しています。
近年では、研究分野に限らず医療政策の全般においてその意思決定の場に患者さんや市民の参画を求める考え方が広がっています。
患者さんの協力が支える治験
新しいくすりを多くの人が安心して使えるようになるまでには、患者さんの協力が不可欠です。
その一つは、人における有効性と安全性を科学的に確認するために、患者さんに「被験者として治験に参加」いただくという協力です。そのほか医師などの専門家とともに患者さんに「治験の計画に参画」いただき患者さんの視点や声を生かした治験実施計画書や同意説明文書を作成するなど、患者さんの協力に支えられて医薬品開発が行われています。
くすりをより良く育てる
薬は発売された後、年齢や性別、体質、病気の症状など条件の違う患者さんに使われます。また、それぞれの患者さんに合わせて、他の薬と併用したり量を調節したりすることもあり、患者さんの数だけさまざまなケースが存在することになります。その結果、開発の段階では予測できなかったことがわかることがあります。
例えば、特定の症状を持つ患者さんに使用すると副作用が現れやすくなることがわかったり、他の病気への治療効果が発見されたり、より良い使用法が見つかったりなど、発売前には予測できなかった良いこともその逆のケースも起こりえます。
薬が実際に使用された結果は、医師によってまとめられ、情報として製薬会社が収集します。その情報が蓄積されていくことで、より有効性や安全性の高い薬になっていきます。また、さらに良い薬を創るための研究、開発が行われ、新薬の開発に結びつくこともあります。このように、薬をより安全で効果があり、使いやすいものへと育てていくことを育薬といいます。

製造販売後調査
育薬の基礎となる情報を収集するために、製薬会社に義務付けられている調査を製造販売後調査といいます。これはGPSP(Good Post-marketing Study Practices:医薬品の製造販売後の調査及び試験の実施の基準)により定められています。
製造販売後調査は、薬の発売後、原則8年間の間に調査を行い有効性や安全性などの再審査を行う制度、最新の医学・薬学水準に照らした再評価制度から成り立っています。

調査により得られた情報は、薬の改良、開発に活かされており、薬の発売後も有効性と安全性を確保するための努力や研究が続けられています。
育薬の例
実際に行われてきた育薬の例を紹介します。
ニトログリセリン
狭心症の薬であるニトログリセリンは、主に舌の内側に入れて使用することで、発作を抑える作用があります。しかし薬の効果が長く続かないため、深夜や早朝に起きる発作の予防は難しいという問題点がありました。
こうした情報をもとに、皮膚に貼りつけるタイプのニトログリセリンが開発されたのです。
このニトログリセリンは、成分が皮膚からゆっくり吸収されるため、効果が長く続き、貼ったまま眠ることもできるので発作を予防することができるようになったのです。
アスピリン
解熱鎮静剤としてよく使われているアスピリンには、長期間にわたって服用すると血がとまりにくくなるという副作用が発見されましたが、これを利用し、血液を固まりにくくすることで、心筋梗塞や脳硬塞などの予防に使えるのではないかという研究が進められました。
日本でも2000年9月に抗血小板製剤として認められ、血管内で血液が固まってできる血栓の予防を目的に使用されています。また、2005年には、乳幼児にみられる川崎病に対する効果が認められ、血管障害を抑える目的で使用されています。
水なしで飲める薬
口腔内崩壊錠、OD錠(Orally Disintegrating)などと呼ばれる錠剤は、口にいれるとだ液でラムネ菓子のように溶けて、水なしでも飲み込むことができる薬です。
この薬の開発の経緯は、高齢者施設からの薬に関する情報がきっかけでした。
お年寄りはものを飲み込む力が弱く、薬がうまく飲めなかったり、のどに詰まらせたりするケースが多く生じていたのです。これを解決するために、お年寄りはもちろん子どもにも飲みやすく、緊急の場合にも水なしで飲める便利な薬が開発されました。患者さんの意見やニーズがもとになって育薬が行われた代表的な例です。
患者さんと育薬
育薬を進めていくためには、薬を正しく使うことが重要です。薬の量や飲むタイミング、併用してはいけない薬と一緒に飲んでしまうなど、決められた使用方法を守らないと問題が起こった時の原因を正確につかむことができなくなってしまいます。また、副作用が現れた場合にPMDAのホームページから報告することや、使いやすさ、効き目などに関する意見を医師・薬剤師に伝えることも育薬につながります。こうした情報により育薬が進められ、その結果、患者さんはより良い薬を使うことができるようになります。
監修: 慶應義塾大学名誉教授 望月 眞弓先生