
家族だからこそ「工夫」が大切?
シニア世代との家庭内
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シニア世代になると仕事をリタイアしたり、病気療養が必要になったりして、家で過ごす時間が増えます。そのため、家族間のコミュニケーションで課題を感じることも多いのではないでしょうか? ここでは、ホームヘルパーとして多くのシニアの家庭を見てきた向山久美さんに、家族みんなが豊かになれる、居心地のよいコミュニケーションのとり方について伺いました。少し見方を変えることで、コミュニケーションの方法を見直すことができるかもしれません。
「こうしなさい」ではなく、「こうしたらどうですか?」へ
ホームヘルパー(訪問介護員:以降、ヘルパー)は、利用者のご自宅に伺って身体介護や生活のサポートをする仕事です。利用者さんとそのとき初めて出会い、そこから人間関係を築いていくという点で、家族による介護とは違う面もあります。
家族には長い歴史があり、それまでに培われた人間関係があります。そのため、安心や信頼がある反面、私もそうですが、つい遠慮がなくなったり、冷静になれなかったりして、うまく思いが伝わらないこともあるのではないでしょうか。
私がヘルパーとして大切にしているのは、「こうしなさい」「こうしましょう」ではなく、「こうしてみたらどうでしょう?」と、相手に決定権を持ってもらう問いかけをすること、つまり、「意思決定支援」を行うということです。もちろん、あまりにも衛生上よくないことや健康を害するようなことは別ですが、どんなことも「決めるのは本人」ということを念頭におくようにしています。
家族の介護でも、自分の思った通りに家族が動いてくれないとき、何とか説得しようとすると、余計にうまくいかなくなることがあります。
動くかどうかを決めるのは本人なのです。そこで「なぜ、しないのか」を一緒に考えてみると、また違った視点が得られます。「どうしてやらないの?」と聞いて、どんな答えが返ってくるか。答えを聞いて、そこから本人が納得できる方法を一緒に考えてみるとどうでしょうか。
「説得」ではなく「納得」を大切に——これは認知症の介護でよく言われることです。特に認知症の方はこだわりが強く、思い込んだらその行動をとってしまいます。「やめましょう」と言うと、かえって怒ってしまうこともあります。
「納得」をしてもらうには、忍耐が必要ですし、時間もかかります。でも、ヘルパーとして高齢者のお宅に伺うと、ゆったりと時間が流れていることに気づきます。ヘルパーであればその時間の流れに合わせることができますが、ご家族は自分の生活もあるので難しいかもしれません。それでも、時間の流れが違うということを知っておくだけでも、見方が変わってくるはずです。
そして、こだわりの理由を理解することができたら、本人の「思い」を満たすような提案ができるかもしれません。逆に、健康や安全にそんなに影響のないことなら「まあいいか」ですませることもできます。
また、上手に話題を変える、他のことに気持ちを持っていくという工夫も、いいコミュニケーションに役立ちます。
その人のルールに合っているかを考える
「家のなかを片付ける」「不要なものを捨てる」というようなよかれと思ってしたことが、本人にうまく伝わらないという失敗は、ヘルパーの業務でも起こることです。そんなときは、その人のルールに合っていたのかを考えることを大切にしています。
『博士の愛した数式』という映画※に、忘れられないシーンがあります。記憶障害を患う数学者の家に、ピンチヒッターで訪れた慣れないヘルパー(小説では“家政婦”)さんが、書斎の一角に不ぞろいに並べられていた専門書を、きれいに並べ変えてしまいます。しかし、数日もしないうちに、本はまた元の状態に戻っています。他の人から見たら乱雑に並べられているようでも、そこには本人にとって一定のルールがあったのです。
どんなによい提案に見えても、その人のなかでできているルールを崩しては成立しません。その人のルール、つまりこだわりを知ろうとすることも大切なのです。
私自身、若い頃には、人間は歳をとると丸くなると思っていたところがありました。でもそうではないようです。歳をとればとるほど、それまでやってきたやり方へのこだわりはあり、それが頑固さになっていくこともあるのです。
例えば、ある利用者さんは、テーブルクロスにアイロンをかけないと気がすまない方でした。でも、病気で体がしんどくなってきたので、自分ではできません。「やってくれる?」と言うので、やって差し上げます。ご家族は、「そんなのかけなくていい」とおっしゃるのですが、アイロンをかけてピンと張ったテーブルクロスになるだけで、その人は幸せを感じることができるのです。
利用者さんのそういうこだわりを大切にできるヘルパーでいたいと思います。家族でも「ここはこだわりなんだな」と気づいてあげられると、対応が変わってくるかなと思います。

家族のなかで役割を持つことが、その人の誇りになる
ある利用者さんは、冬の寒い朝に一番に起きてストーブをつけることを日課にしていました。そうすることで、家族が起きてくるときには部屋を暖めておくことができる。家族に喜ばれ、「ありがとう」と言ってもらえるのです。
「ありがとう」はコミュニケーションの基本です。人は誰かの役に立っているということが、とてもうれしいのです。介護される立場になると、それが家族に迷惑をかけているようでつらいと感じる方もいます。そんなとき、朝一番にストーブをつけるというだけでも、役割を持つことで自分の存在価値が感じられ、自分に誇りを持つことができるのでしょう。
家族にはそれぞれの歴史があり、それぞれこだわりのルールを持っているものです。だからこそ、それを尊重しながら互いに協力し合い、いいコミュニケーションをとって生きていくことができたらと思います。
※引用元:監督・脚本:小泉堯史.原作:小川洋子. 博士の愛した数式.寺尾聰, 深津絵里, 齋藤隆成出演, 2006年. 配給:アスミック・エース
