中外製薬の研究開発拠点「中外ライフサイエンスパーク横浜(以下、中外LSP横浜)」で運用されるバイオラボは、小学生から高校生を対象とした科学体験施設です。実験教室や科学教育プログラムを通じて、次世代を担う若者に生物学やバイオテクノロジーへの興味・関心を高める機会を提供しています。中でも高校生向けの実験プログラムは、単なる体験にとどまらない本格的な創薬研究の世界を体験できる場となっています。今回は、「バイオ人財育成プログラム」の企画と講師を務める研究員の丹波茂郎(中外製薬 研究本部バイオロジー基盤研究部創薬クロステックグループ)と、ラボコーチとして活躍する戸田知里(中外医科学研究所 創薬技術1部 vitro実験1グループ)にインタビュー。プログラムの特徴や自身の研究内容、中外製薬の研究員として目指す道について聞きました。
(撮影協力:関東学院中学校高等学校)


実験体験を超えた本格的プログラム
中外LSP横浜内で2023年より運用しているバイオラボ。このバイオラボの取り組みの一つとして展開する高校生向けのバイオ人財育成プログラムは、実験体験にとどまらず、創薬プロセスを深く学べることが特徴です。研究員としてプログラムの企画に協力する丹波の専門は、iPS細胞から作製したオルガノイドを用いた高次細胞モデルの構築と創薬研究への応用です。「実験は、サイエンスの仮説を立てて実施し、結果を解釈して考察するための手段です。このプログラムでは、私たち研究員が大切にする実験の背景にある原理の理解や考察の時間をしっかり確保し、科学的思考のプロセスを学べるよう意識して設計しました。現在は“タンパク質のアミノ酸を改変するための遺伝子操作を学ぶ”と“アミノ酸を改変したタンパク質を精製する過程を学ぶ”という2つのテーマで、高校生向けにプログラムを実施しています(丹波)」。
バイオ人財育成プログラムの各回の運営にあたっても、中外LSP横浜の研究員がボランティアのラボコーチとして参加しています。その一人が、今回インタビューするもう一人の研究員、中外医科学研究所の戸田です。抗体の大量評価業務を専門とし、モバイルロボットやラボオートメーションの開発や実装にも携わっています。戸田は高校生の頃にスーパーサイエンスハイスクール(SSH)*の一環として、アカデミアや企業の見学・体験プログラムに参加した経験があるといいます。
「私自身、高校生の時の経験があるからこそ、サイエンスに幅広く興味を持ち、将来の選択肢を増やすことができました。バイオラボを通じて少しでもサイエンスや創薬活動に興味を持ってくれる人がいたらいいなと思っています」と、バイオラボに携わる理由を語ります。
*スーパーサイエンスハイスクール(SSH)とは:文部科学省が指定する「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」は、先進的な科学技術、理科・数学教育を通じて、生徒の科学的な探究能力等を培うことで、将来社会を牽引する科学技術人材を育成するための取組み。


高校生に研究者を目指す道を示す
プログラムに参加した高校生からの反応は非常に前向きです。実習後のアンケートでは、実験が単に面白かったという感想よりも、研究という職業や薬を作る過程の感想、「この部分が難しかった」など、実験操作以外についてのコメントが多く寄せられました。引率する先生方からも、「学校ではできない高度な内容だが、生徒たちが真剣に実験に取り組み驚いた」、「来年も続いて、生徒に参加させたい」といった声が聞かれます。
「高校生にとっても、それを見学されていた先生方にとっても、価値のあるプログラムが提供できているのではないかと思います」と丹波は手応えを語ります。プログラムでは最後に座談会を行い、研究者への道のりや研究員として働く魅力を語りながら、高校生からの質問に直接、答えていきます。仕事のモチベーションについて問われると、「実験結果を見る最初の1人になれること。そして、実験の結果を研究員の仲間と共有し、喜ぶ瞬間はやはり嬉しいですね。研究は予想通りにいかないことも多いのですが、「これは間違っていた」とわかることも前に進むことのひとつです。こんなに間違いばかりでも人に怒られない仕事はなかなかないよ」と丹波は笑顔で話します。

多様な専門性を持つ研究チーム
研究の世界の多様性も、高校生に伝えたい重要なメッセージです。進路に悩む高校生に対し、戸田が強調するのは、多様な専門性を持つチームメンバーと仕事をすることの魅力です。戸田の学生時代の専門は分子生物学ですが、現在はエンジニアリングを専門とするメンバーと共に実験を効率化していく最新のロボット開発、Python等による実験データ処理プログラムの開発、3Dプリンターの活用などにも取り組んでいます。中外医科学研究所は実験と技術開発の専門家集団として創薬アイデアを具現化することをミッションとしており、工学・情報・電子等のエンジニアリングも含めてさまざまな専門性を持つ人財のニーズが増えているといいます。
丹波も、研究員ひとり一人が多様な経験と知識を持つことの重要性を語ります。「私の研究テーマは高次細胞モデル構築ですが、生体模倣システム(Microphysiological systems:MPS)と呼ばれる臨床予測精度を上げるための新技術の開発を担当するチームとも協業しており、一緒にプロジェクトを推進したり、勉強会をする機会が多くあります。MPSに限らず、現在の創薬研究には情報や工学の知識も欠かせません。製薬企業だから薬学や生物学の専門家しかいない、ということは全くない。参加した高校生に、製薬企業の創薬研究者は非常に多様な分野の専門家の集まりであることを知っていてほしいです(丹波)」。
二人の研究員が共通して持つ想いは何でしょうか。「患者さんが当たり前の日常生活を送れる、いい薬を世の中に出したいという想いは、すべての研究員に共通する」と力を込める二人。未来の科学者の育成にも情熱を注ぎながら、画期的な新薬の創出を目指し日々の研究に挑戦します。
丹波茂郎(中外製薬 研究本部バイオロジー基盤研究部創薬クロステックグループ)
2007年中外製薬入社。抗体分子のエンジニアリングやリード抗体(薬のタネ)のスクリーニングに従事したのち、現在はiPS分化技術やオルガノイド培養技術を活用し、臨床予測性高く病態の本態を明らかにするとともに、薬のターゲットとなる分子の同定を目指している。

戸田知里(中外医科学研究所 創薬技術1部 vitro実験1グループ)
2022年株式会社中外医科学研究所入社。入社2年目まで細胞イメージングによる薬効評価やゲノム編集技術を用いた細胞株構築に従事。現在はラボオートメーションを活用した抗体の大量評価・分析業務や細胞エンジニアリング関連業務、人とロボットが共同作業する実験環境の構築などを担う。
