患者さんと地球を守る「医薬品包装」の革新――中外製薬が挑む再生プラ・バイオマス材の実装と現場の挑戦

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薬を包むパッケージは、単なる「入れ物」ではありません。薬の品質を守り、患者さんの使いやすさを支え、そして地球環境への負荷を減らすという重要な使命を担っています。

 

中外製薬では、2019年から「PTP(Press Through Pack)シート」「プラスチックボトル」「アルミピロー」「シリンジブリスター」という特にプラスチック使用量が多い4包材に注力し、環境配慮型素材への切り替えを加速させてきました。特に、成形が難しい大型カプセル剤のPTPシートへのバイオマスプラスチック実装は、業界でも先駆的な取り組みとして「日本パッケージングコンテスト2025」及び「WorldStar Global Packaging Awards 2026」と国内外の技術アワードを受賞するなど、高い評価を得ています。

今回は、製剤研究部でこのプロジェクトを牽引してきた酒井憲一と尾家弘昭に、技術的なブレークスルーの裏側と、中外製薬ならではの挑戦のカルチャーについて聞きました。

実は「包装」も薬の品質と患者体験を左右する

――そもそも、医薬品における包装にはどのような役割があるのでしょうか。

 

尾家 医薬品の包装には、大きく分けて「品質の確保」「使いやすさ(ユーザビリティ)の向上」「情報提供」という3つの役割があります。薬はそのままでは流通や保管ができず、光や湿気などの外的要因から守ることで、初めて品質を維持できます。また、どの薬が何であるかを正しく伝える表示機能も、包装にとっては不可欠な役割です。

 

酒井 私たちの部署では、その中でも特に「品質の確保」と「使いやすさ」の設計を担っています。患者さんがいかにストレスなく、かつ安全に薬を取り出せるか。これは治療の継続(アドヒアランス)にも直結する、非常に重要な「患者体験」の一部だと考えています。そのため、私たちは患者団体と対話の場をもつなど、患者さんや医療関係者の声を聴く取組みを行っています。

 

――環境への配慮と、品質や使いやすさの両立は可能なのでしょうか。

 

尾家 よく「環境に配慮すると品質が落ちるのでは?」という懸念を持たれることがありますが、設計次第で両立可能だと考えています。中外製薬では、従来の包装と同等の品質を担保することを大前提に、新しい環境配慮型素材の特性を活かした設計を追求しています。

なぜ今、医薬品包装に「環境配慮」が求められるのか

――世界的にプラスチック規制が進んでいますが、製薬業界の動向はいかがですか。

 

尾家 2019年に日本政府が策定した「プラスチック資源循環戦略」では、2030年までにプラスチックの再生利用の拡大や、バイオマスプラスチックの導入拡大(最大約200万トン)を目指す等の目標が掲げられています。欧州では、PPWR(包装及び包装廃棄物規則)の制定をはじめ、包装を巡る規制強化が進んでいます。安全・品質保証のみならず、さまざまな規制や法的要件など非常に高いハードルがあります。しかし、地球温暖化に伴う異常気象や海洋プラスチックによる生態系への影響は、世界規模で喫緊の課題です。こうした状況を受け、CO2排出量及びプラスチック使用量の削減が求められる中、中外製薬は「世界のロールモデル」となることを目指し、この課題に正面から取り組んでいます。

中外製薬の環境配慮包材ロードマップと「挑戦」のカルチャー

――具体的な取り組みの歩みを教えてください。

 

尾家 私たちは、2019年から特にプラスチック使用量が多い4つの包材にターゲットを絞り、集中的に対応してきました。

 

2022年:アルミピロー・シリンジブリスタートレイに再生プラスチック(再生PET)の導入を開始。

2023年PTPシート・プラスチックボトルへのバイオマスプラスチック(バイオマスPE)導入を開始

2030年:全製品で環境配慮包材の適用可能性を検討し、段階的な導入を進める目標を掲げています。

環境配慮型包材の仕様変更点。シリンジブリスタートレイ、アルミピロー、プラボトル、PTPの包装について、従来のバージン材から再生PETやバイオマスPEへの材質変更内容と、各包材の層構成を模式図で比較

――業界に先駆けたこの決断には、どのような背景があったのでしょうか。

 

尾家 実は、現場からの「環境に対応した包材を検討したい」というボトムアップの提案と、経営層の「環境問題に真摯に取り組む」というトップメッセージが、同じタイミングで一致していたんです。2019年当時は、業界内でも環境配慮包材の実装例は極めて少ない状況でしたが、社内からは「中外製薬としてやるべきだ」という強い意志が感じられました。

 

酒井 プロジェクトが始まってからは、現場も非常に前向きでした。中外製薬のミッションである「患者さんへの貢献」と「地球環境への配慮」を同時に達成できることに、研究者として大きなやりがいを感じていたからです。トップの強い後押しがある中で、現場が自発的にアイデアを出し合い、一体となって目標に向かう――そんな中外製薬らしい文化が、このスピード感ある実装を支えたのだと感じています。

科学的な判断:包装素材選択における制約と使い分けのロジック

――今回の取り組みでは「再生プラスチック(再生PET)」と「バイオマスプラスチック(バイオマスPE)」を包装のパーツ毎に使い分けていますが、そこにはどのような科学的な判断があったのでしょうか。

 

尾家 まず前提として、環境配慮には使用量削減などさまざまなアプローチがありますが、素材選択の観点では、使用済みプラスチックを再利用する再生プラスチックと、再生可能な植物由来原料を用いるバイオマスプラスチックという考え方があります。

 

――どのような制約があったのですか?

 

尾家 再生プラスチックの中でも、現在広く利用されているマテリアルリサイクル材は、不純物混入のリスクや品質のばらつきが完全には避けられません。医薬品は極めて高い安全性と品質が求められるため、再生PETは薬に直接触れない二次包装(アルミピローやシリンジブリスタートレイ)に限定して採用する判断をしました。

一方で、薬剤に直接触れる一次包装(PTPシートやプラスチックボトル)では、より厳格な品質管理が可能な素材を選択する必要があります。そこで、植物由来原料から作られたバイオマスPEを採用しました。バイオマスPEは原料は植物由来ですが、分子構造は従来の石油由来PEと同一であるため、適切な選定と評価を行うことで、医薬品包装に求められる品質を確保できるという判断です。

ケーススタディ:大型製剤における環境配慮型PTP成形の技術的難易度

――技術的な難易度が特に高かったプロジェクトについて教えてください。

 

酒井 2020年から検討をはじめた、抗がん剤の包材へのバイオマスPTP実装です。この抗がん剤はカプセル型の飲み薬なのですが、従来は大きいボトルの中に薬剤を充填するボトル包装を採用していました。医療関係者と患者さんの使用性へのニーズから、ボトル包装からより使用量に適したPTP包装に切り替える判断をしました。医療関係者と患者双方のニーズに応え、環境への責任を果たす持続可能で使いやすい包装ソリューションを開発する必要がありました。

 

尾家 この薬剤は、当社でも最大級となる大型カプセル剤(0号)を使用しており、包材を成形する難度が極めて高い点が特徴でした。

 

――「0号」サイズであることと、環境配慮型素材を使うこと。この組み合わせがなぜ難しいのでしょうか。

 

酒井 PTPシートは、フィルムに熱を加えて「ポケット」の形に成形しますが、0号のような大型カプセルを収めるためにはフィルムを非常に深く、かつ大きく引き延ばす必要があります。

今回採用したバイオマスPEを含む複層フィルムは、従来の石油由来PP単層フィルムに比べて物理的に「柔らかい」という特性を有しています。この柔らかさが災いし、成形時にフィルムが伸びすぎて天面や側面が極端に薄くなる「薄肉化」が起きやすかったのです(下図参照)。これは品質を守る「保護機能」を損なう致命的な問題でした。

 

――その物理的な難しさをどう乗り越えたのですか?

 

尾家 専門的な話ですが、「プラグアシスト圧空成形」という手法を用い、通常は3つ程度の主要パラメータで調整する成形条件を、5つのパラメータに拡張して調整しました。実機での試作と評価を何度も繰り返すことで、大型カプセルであっても均一な肉厚を確保できる最適な成形条件を見いだせたのです。

PTPポケットの成形パラメータ最適化の過程を示した図。加熱温度・プラグ温度・ブロー圧力等5つのパラメータを段階的に調整し、天面や側面の肉厚不足を解消した3ステップの改善プロセスを説明

酒井 さらに、もう一つの障壁が「ポケット潰れ」でした。素材特性とポケット形状、搬送条件が重なることで、搬送用ローラーからの負荷により、成形したポケットが潰れてしまう事象が発生したのです。これについても、ローラーの溝形状を素材の特性に合わせて再設計することで、安定した搬送を可能にしました。この抗がん剤包装の開発は、2026年の「WorldStar Global Packaging Awards」において国際的な技術アワードの受賞につながりました。私たちの開発した包装が、「バイオマスプラスチック及び再生プラスチックの活用による環境負荷低減に加え、難成形サイズでの安定性や患者さん・医療関係者の利便性を一挙に実現した、サステナブルな包装」として世界に評価されたのです。

包材を検討する検証用の装置で、PTPポケットを確認する様子

次の挑戦

――今後の展望についてお聞かせください。

 

尾家 現在も、より高い機能性を備えた環境配慮包材の研究開発を進めています。この方向性は変わることはありません。私たちは、患者さんにより高い利便性のある製品をお届けし、よりよい社会の実現に貢献できるよう、研究と実装を積み重ねていきます。

 

――最後に、読者へメッセージをお願いします。

 

酒井 中外製薬は包装技術研究開発にも力を入れており、「まだ誰もやっていない包装」を創りだし患者さんや医療関係者に届けることを大事にしています。包装技術の研究は大学で専門的に学べる機会はほとんどありませんが、とても楽しくやりがいを感じられる研究分野です。このことを、ぜひ多くの人に知っていただきたいです。

 

尾家 私は包装を、薬と患者さん、そして社会をつなぐ重要なインターフェースだと捉えています。日々の技術開発の積み重ねが、医療の質を高め、環境への配慮にもつながっていく。そんな想いを胸に、これからも環境に配慮した包材の開発を通じて、患者さん、医療機関、そして社会に価値を届けていきたいと考えています。

酒井 憲一(製剤研究部)

2000年に中外製薬に入社後、経口製剤開発に従事。技術開発をリードするプロフェッショナルとして経験を積み、現在は包装の研究開発組織を率い、マネジメントを担う。患者さんの利便性を起点に、製品価値の最大化と持続的な企業価値向上を目指し、包材の高機能化と包装設計の高度化、環境負荷低減、コスト最適化を統合した戦略を主導している。

尾家 弘昭(製剤研究部)

2008年に中外製薬入社後、経口剤及び注射剤の製剤開発における開発品目の包装設計・技術検討、既存品包装改良・工場への技術移管を担当。現在は、包装開発における技術構築の推進・承認申請対応等に従事。これまでに、製品パッケージへのバイオマス材料や再生材料等の環境配慮包材の適用を推進してきた。

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