ヘルスケア産業のトップイノベーターを目指す中外製薬が、社外有識者対談を通じ、企業のリアルな取り組みと想いを発信する本企画。中外製薬 上席執行役員・経営企画部長 DX /ASPIRE担当の小野澤学寿がホストを務め、さまざまな領域で活躍するリーダーたちから、未来を創る経営に必要な組織の力や人財の可能性を伺います。今回のゲストは、太陽ホールディングス株式会社 常務執行役員CDO 情報システム部長 兼人事担当執行役員である俵輝道氏です。化学メーカー(太陽HD)、研究開発型の製薬企業(中外)としてそれぞれグローバルビジネスを展開する両社における課題や取組み事例から、ビジネス変革の成功の鍵を探求します。

正反対のキャリアパスを経て、共に事業会社のトランスフォーメーションを指揮

俵:太陽ホールディングスは、エレクトロニクス、医療・医薬品、ICT&S(サステナビリティ)の3つの事業を展開する企業です。なかでも、プリント基板に使われる緑色の絶縁材料「ソルダーレジスト」では、世界シェアで液状のもので5割以上、フィルム型のものでSRシェア8割以上のトップシェアを持っています。現在では、この高収益事業で得たキャッシュをもとに、長期収載品の製造販売やCDMO(開発製造受託)など、医薬品事業にも注力しています。さらにIT子会社を持つなど、多角的に事業展開しています。

 

小野澤:俵さんとは2005年にMBA関連の集まりで出会いましたね。当時から、中外一社でやってきた私とは正反対のキャリアパスを歩んでいるのが印象的でした。さまざまな企業で経験を積まれていたと伺っています。

 

俵:はい、私は大学卒業後、日本の財閥系メーカーで海外戦略を担当した後、米国のビジネススクールで学びました。日本経済に貢献したいと考えてスタートアップを経営し、その企業を売却した後、ミスミという事業会社で金型部品関連の事業統括ディレクターや米国企業とのPMI事業を担当しました。その後、アマゾンジャパンで2つの事業部長を務め、現在の太陽ホールディングスに入社しました。

DXを進める上で、多くの人が抱える“誤解”

小野澤:そのような経験を経て、太陽ホールディングスに入社したのはなぜですか?

 

俵:自分のオリジンはB2B製造業であると自覚しており、その分野でこれまでの経験を生かして貢献したいと考えたからです。当初は別の業務を担当する予定でしたが、入社後に社長の佐藤にデジタル化の必要性を提案したところ、「それなら君がやってみなさい」と言われ、デジタル部門のリーダーを任されることになりました。

 

小野澤:私たち二人とも、もともとデジタルの専門家ではないですが、それぞれの会社でDXを推進しているという点は共通していますね。太陽ホールディングスでは、どのようにDXを進めているのでしょうか。

 

俵:当社では、デジタルやデータ活用に対する意識は、まだ高いとは言えない状況です。そこで、まずはデジタルの重要性を社内に浸透させるため、段階的に取り組みを進めています。誤解されがちですが、デジタルは目的ではなく手段です。ただデジタルを活用するか否かで、業務の生産性に大きな差が生じます。そのため、事業子会社を含む各部門と連携しながら、現場に根差した形でDXを推進しています。

 

小野澤:現場との連携が鍵になりますよね。

 

俵:その通りです。私は情報システム部門も担当していますが、システム導入をIT部門に任せきりにしてしまうと、現場が「やらされている」と感じてしまい、うまく機能しないことが多いと思います。ですから、現場のキーパーソンと密に連携し、現場社員が「自分たちのための取り組み」として捉えてもらえるよう工夫しています。社員が主体的に関与することで、意識改革がスムーズに進むと考えています。

 

小野澤:私もDXはあくまでツールだと捉えています。当社の場合、一定の浸透は進んでいますが、最終的にはデジタル自体が価値や収益を生み出す段階に到達することが目標です。まずはツールとして活用し、ゆくゆくはビジネスモデルの進化に繋げたいと考えています。

デジタル技術はあえて、「二歩遅れ」でも良いと思う理由

俵:御社は業界に先駆けてDXに取り組んでいますが、そのきっかけは何でしたか?

 

小野澤:前社長の小坂が「これからはデジタルをやらなければいけない」と気づきすぐに動いたことです。2019年にデジタル戦略推進部を設置するとともに、デジタルを推進する責任者をIBMからのヘッドハンティングで執行役員として迎えました。私たちがDXにおいて一定の成果を出すことができたのは、現社長の奥田をはじめ、トップの強いコミットメントがあったからだと思います。現場に裁量を与える環境を整備し、組織の風土が変わり始めました。

 

俵:それは素晴らしいですね。ただその一方で、自由な投資が行きすぎて無駄も生まれるということはないでしょうか。

 

小野澤:おっしゃる通りで、少々やりすぎ、無駄もあったと感じています。無駄が必要な時期もありますが、現在はよりメリハリのある運用へと調整中です。幸か不幸か、当社の社員はとても真面目なので(笑)、「蛇口を閉めろ」と言えばきっちりと止めてしまう。今後は「DXの動きを止めず、無駄をなくす」ことが必要だと考えています。御社はどう進めていますか?

 

俵:当社のような伝統のある事業会社では何をするにも信頼関係づくりがとても重要です。幸いにも、私は手を尽くして人と仲良くなったり、信頼関係を育んだりするような、泥臭いやり方が苦手ではないので、地道な対話や人間関係構築に力を入れてきました。たとえば、過去に3回失敗していたERPの刷新プロジェクトを成功へ導くことができたのは、現場との信頼関係が醸成した証ではないかと思っています。DXも同様で、「これをやって」と指示するだけでは、人は動きません。地道な信頼づくりが不可欠です。

 

小野澤:生成AIの活用にも取り組まれていると聞きました。

 

俵:はい。社内向けの生成AIツールを開発し、現在は日本の全社員の約4分の1が利用中です。またBIツールなどにおいては若手に研修を実施し、最後に、社長や経営層へのプレゼン等、若手から年齢や役職の上の人を啓蒙するリバースメンタリングの手法も取り入れております。上層部も巻き込みながら全社的な活用を促進しています。

 

小野澤:確かに、DXに関する戦略には乗り遅れるべきではありません。だけど私は、デジタルの新規技術については「無理に一番手である必要もないのでは」と思っています。研究開発の強みである抗体エンジニアリングや中分子などの中外独自の創薬技術を守りつつ、AIなどの技術革新にも備えていくには、「あえて2歩遅れ」で動くのがベスト。1歩先んじようとすれば、投資額が1桁以上増えてしまい、当社の強みも失われてしまうかもしれません。そう考えると、「2歩遅れのデジタル化」がちょうど良いのだと思います。

人事改革において、キャリアを主体的に伸ばし良いリーダーが育つヒント

小野澤:個人的にとてもお聞きしたかったのですが、転職の際、転職先の組織風土は意識されますか?

 

俵:非常に意識します。私は現場を巻き込んで変革を進める“変革請負人”のようなスタイルなので、自分の強みが活きる企業を選びました。報酬や知名度よりもカルチャーとの相性を重視し、経営陣との対話や情報収集も丁寧に行いました。太陽ホールディングスは外部出身の執行役員も多く、多様性のある経営体制が魅力でした。

 

小野澤:中外製薬もキャリア採用が3割を超え、経営陣も多様化しています。そうしたハイブリッドな環境ではリーダー育成が課題になりますよね。

 

俵:まさにそうです。私は昨年から人事も担当し、特にマネジャー層の強化に注力しています。これは人事側の問題だったのですが課長・部長クラスの中には、これまでマネジメント教育を適切に受ける機会がなかった人が多く「やるべきなのはわかっているけれど、どうやっていいか分からない」という戸惑いも多いのです。そのため、教育や支援体制を整備し、最近ではトップからの発信や社報による啓発も加わり、少しずつ変化が見えてきました。

 

小野澤:そのなかで、俵さんが考えるリーダーシップとは?

 

俵:リーダーシップの根本は「信頼関係の構築」だと考えています。新しいチームを率いる際は、必ず全員と1on1の対話を行いその中で、「私の存在はあなたにとって、これだけ有益ですよ」ということを実感して頂くと同時に、悩み事への実際の対応などを通じて信頼を築くようにしています。また、キャリアのサポートや、部下の業務上の阻害要因を取り除くこともリーダーの役割と考え、常に声を上げやすい関係性づくりを大切にしています。

 

小野澤:今、日本の多くの企業では、自分のキャリアを主体的に考える人が少ないですよね。当社でもこれまでは上司から突然異動を言われるのが当たり前で、本人の希望が反映されづらい状況がありました。そこで今年1月から人事制度を刷新し、「ジョブポスティング制度」を導入しました。既に幹部社員(管理職)に導入済みのジョブ型人事制度を一般社員にも拡大し、空いたポジションに自ら手を挙げて応募できる仕組みです。まだスタートしたばかりですが、すでに多くの応募があり、社員が自分のキャリアを自分で考え、選べる土壌ができつつあります。仕事の内容をきちんと理解した上でそのポジションに就きたいと立候補するのは大事ですが、同時に「この上司のもとで働きたい」と思わせる、リーダーの存在も必要だと感じています。

 

俵:特に若い世代にとって、上司との出会いは大きな影響があります。それを自分で選べるのはとても合理的ですし、希望を持てる制度ですね。

 

小野澤:「部下を育てられる上司」だと認められれば周囲に人が集まってきて、仕事を進めやすくなるはず。そうすれば次第にリーダー層の質が上がり、結果として他のメンバーの質も上がるという好循環を生むでしょう。そうした組織づくりを目指し、これからも一人ひとりが自分らしいリーダーシップを発揮できる職場をつくっていきたいですね。

俵輝道:太陽ホールディングス株式会社 常務執行役員CDO 情報システム部長 兼人事担当執行役員

住友電気工業株式会社、VC、スタートアップ経営、株式会社ミスミグループ本社、アマゾンジャパン合同会社を経て、現在はエレクトロニクス素材及び医薬品メーカーである太陽ホールディングス株式会社にて、IT部門を統括しつつグループ全体のDX推進を責任者として推進中。2024年7月より、人事部門も管掌。

小野澤学寿:中外製薬 上席執行役員・経営企画部長 DX/ASPIRE担当

中外製薬入社後、臨床開発等を経験し、米国留学でMBA取得。部門横断による製品価値最大化プロセスの確立と運営に携わったのち、グローバルプロダクトのブランドマネジャー、米国子会社社長等を経て、2021年より経営企画部長。同年から開始した長期の成長戦略「TOP I 2030」の推進に取り組んでいる。

※ 記載内容・所属は2025年4月時点のものです

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人・経営・テクノロジーで企業を変える。プログリットCEOと中外製薬役員が語る、ビジネス変革