国民の2人に1人が生涯でがんと診断される時代。がん治療において、一人ひとりのがん細胞の遺伝子変異を詳しく調べ、その特徴に合わせた治療法を選択する「がんゲノム医療」というアプローチが注目されています。中外製薬は、がんゲノム医療の普及と発展にむけ、さまざまな取り組みを展開しています。今回は、がんゲノム医療を推進するファウンデーションメディシン事業推進部(FM事業推進部)の田中智実と鈴木翔大が、がん治療の新たな可能性を広げるがんゲノム医療について、現状と課題、そしてがん治療の未来への展望を語ります。

がんゲノム医療とは:一人ひとりに合わせた治療へ

がんは遺伝子の変異によって起こる病気です。がんゲノム医療とは、がんに関連する遺伝子変異を詳しく解析し、その特徴に合わせた治療法を選択できる可能性を広げる、いわゆる「個別化医療」です。

 

「従来のがん治療では、がんの場所や形から肺がん、胃がんや乳がんなどと分類し、その臓器に特化した治療を行ってきました。がんゲノム医療では、患者さん一人ひとりのがん細胞の遺伝子を詳しく調べることで、その遺伝子の特徴に合ったオーダーメイド治療を選択する可能性が広がります(鈴木)」

 

がんゲノム医療が登場した背景を田中は詳しく説明します。

「がん細胞の遺伝子変異を狙い撃ちにする『分子標的薬』という治療薬が登場したことで、標的となる遺伝子を個別に調べる診断や検査が導入され、徐々にがんゲノム医療の基盤が整っていきました」

 

「ゲノム元年」といわれる2019年。次世代シークエンサーという検査装置を用いたがん関連遺伝子を解析するシステム(遺伝子パネル検査)が登場し、がんゲノム医療は本格的に実用されるようになりました。現在は、手術や抗がん剤治療、放射線治療など効果的で安全な治療として推奨される「標準治療」がないがん患者さんや、標準治療が終了する見込みとなった患者さんを対象に、保険が適用されるようになりました。それ以降、2025年5月までに日本全国で10万人以上*1の方が検査を受け、がんゲノム医療は進展を続けています。

 

*1がんゲノム情報管理センター(C-CAT)登録数累計2019年6月1日~2025年4月30日

中外製薬だからこそできること

中外製薬は、がん領域におけるリーディングカンパニーとして、長年にわたりがんの治療薬の研究開発に注力してきました。その知見と実績を活かし、製薬企業として遺伝子パネル検査事業を展開する数少ない企業の一つです。

 

中外製薬は、がん遺伝子パネル検査の国内展開・製品価値の最大化を通じて、患者さん一人ひとりが適切な医療を受けられる世界の実現を目指しています。FM事業推進部で、がんゲノム医療の普及に向けたマーケティングを担当する田中と、医療関係者にがんゲノム医療に関する情報提供などの活動をする「プレシジョンメディシンエキスパート」(PME)の鈴木。二人は中外製薬ならではの強みを生かした取り組みを推進しています。

 

「遺伝子パネル検査は医療機器を事業の中心とする企業が展開していることが多いですが、当社は製薬企業として治療薬の研究開発・製造・販売と遺伝子パネル検査の両方を展開している点が強みです」PMEの経験もある田中はこう続けます。「特に医療関係者へがん遺伝子パネル検査を紹介する上では、がん治療薬の専門知識を持ち、全国各地の医療機関へのネットワークをもつMR(医薬情報担当者)と緊密に連携し、がん治療の最前線で活躍する医師や医療スタッフに対して、幅広く効果的に情報提供を展開できます。また、当社のMRは自社製品の情報提供がメインとなりますが、PMEはMRとは異なる立場で、がん治療薬を扱う他社とのコラボレーションも積極的に行い、より包括的な情報提供を実現しています」

 

「中外製薬は長きにわたりがん治療に取り組んでいるので、医療関係者からの信頼が厚く、そのため、がん遺伝子パネル検査についても話を聞いていただきやすい環境があります」と、鈴木も日々の活動で当社ならではの強みを実感しています。

 

研究活動や臨床試験を通じたがん専門医との強固な関係性連携を活かし、新しい検査技術についても前向きに検討いただけることが多いといいます。また、当社が持つがん治療薬と遺伝子パネル検査を組み合わせる結果となった場合は、検査から治療までの一貫したソリューションを提案できることも、医療関係者から評価されています。

患者さんにもっと知ってもらいたい

一方で、がん遺伝子パネル検査は2019年に保険適用されていますが、患者さんや一般の方々への認知がまだ低いのが現状です。患者さんとそのご家族を対象としたアンケート調査*2では、遺伝子パネル検査について「知っている」と回答したのは全体のわずか19.6%にとどまっています。

 

「がんゲノム医療の認知が低いということは、がんゲノム医療という治療の選択肢があることを知らずに、治療を終えてしまう患者さんがまだ多くいらっしゃる可能性を意味します。これは患者さんにとって治療の可能性を逃してしまう、機会損失につながります」と田中は指摘します。「特に標準治療が終了した後も、遺伝子変異に基づく新たな治療選択肢が見つかる可能性があるにもかかわらず、その道を探るという選択肢すら得られないことは非常に残念なことです」

 

こうした状況を改善するため、中外製薬では一般の方向けの認知向上の取り組みを積極的に展開しています。例えば、中外製薬公式YouTubeに公開しているがんゲノム医療に関する啓発動画は、わかりやすい解説と親しみやすいアニメーションで構成され、累計約980万回以上(2025年5月時点)の再生され、多くの方にご視聴いただいています。患者さんにがんゲノム医療について知ってもらうことで、医師から説明を受けた際に理解が深まり、ご家族と相談する上でも検討しやすさにつながることを期待しています。

 

また、ウェブ広告やラジオCM、新聞への広告掲載など、多角的な情報発信を通じ、正確でわかりやすい情報を届け、患者さん自身が「がんゲノム医療」を理解し、治療の選択肢を広げられるよう積極的に取り組んでいます。

 

*2日本医療政策機構(HGPI: Health and Global Policy Institute)「がんゲノム医療」に関するインターネット調査結果(2023年5月11日)

医療現場の声に向き合う

がん遺伝子パネル検査の普及には、医療関係者が感じるさまざまなハードルが存在していると、二人は話します。最も大きな課題の一つが、たとえがん遺伝子パネル検査を実施できたとしても、その結果から実際に治療に結びつく割合(治療到達率)が現在約9.4%*3にとどまっていることです。

 

医療現場からは、検査にかかる手続きやコストを鑑みると、投入される資源と得られる結果のバランスに課題を感じる、といった声が聞かれています。

 

「検査を実施するタイミングが、治療到達率の低さの原因の一つとして捉えています。検査が遅くなると、病状が進んでしまい、体力的に新たな治療が受けられない状態になってしまったり、開発中の治験薬の臨床試験の参加基準に適合しなくなったり、結果として、治療に結び付かないことが生じてしまいます。だからこそ、早期かつ適切なタイミングで査を実施することが重要なのです(田中)」

 

「遺伝子パネル検査の真の価値を引き出すために、適切なタイミングで検査を受けてもらえるよう、我々PMEから医療関係者への正確な情報提供が不可欠です(鈴木)」

 

医療関係者が患者さんに、検査結果を説明する際の難しさもあるといいます。時には検査結果から治療選択肢が見つからなかったというお知らせをしなければならないこともあるのです。こうした医療関係者の精神心的ハードルに向き合い、中外製薬では患者さんとのコミュニケーションをテーマにしたオンラインセミナーを2025年5月に開催。3000名以上の医療関係者に視聴いただき、大きな反響がありました。

 

治療到達率を上げていくためには、製薬会社として治療薬の開発が何よりも求められている、と二人は強く語ります。さらに、治療薬の開発と並行して、患者さんが臨床試験など最新の治療法にアクセスしやすい環境を整備することも、治療到達率向上のための重要な取り組みです。がん遺伝子パネル検査で特定された遺伝子変異に対応する臨床試験への参加機会を増やすことで、結果として治療到達率の向上につながることが期待されています。

 

*3がんゲノム情報管理センター(C-CAT)「がん遺伝子パネル検査に基づく治療提案と治療到達率」

「がんゲノム医療をもっと身近に」―がん治療の未来

田中と鈴木が所属するFM事業推進部では「がんゲノム医療をもっと身近に」というビジョンを掲げ、患者さんやそのご家族にとって、がん遺伝子パネル検査がもっと身近に感じられる世界となるために、さまざまな取り組みを展開してきました。二人はこれからのがん治療の未来と、その未来の実現に向けた中外のビジョンをこう描いています。

 

「今後は患者さん自身が検査を選択する意思を持つことが、がんゲノム医療においてより重要になってくると思います。」と田中は展望を語ります。「中外製薬はがんゲノム医療の「均てん化」に向けて、取り組みを続けていきます。具体的には、デジタルリソースなどを活用し、より効率的に医療機関を通じて患者さんに情報を届けられる仕組みを構築したいと考えています。また、患者さんが医療機関を受診する、あるいは家族に受診を勧めるといった具体的なアクションにつなげるブランディング活動にも、さらにチャレンジしていきます。患者さんやそのご家族にとって、大切な人にこの検査を勧めたいと思え、医療機関にも気軽に相談できるような、がん遺伝子パネル検査がより身近に感じられる世界の実現を目指しています」

 

「10年以内には初回治療前のがん遺伝子パネル検査が「当たり前」になっていると期待しています。『がんゲノム医療をもっと身近に』のスローガンは、私たちPMEの日々の現場での活動から生まれたものです。これからも医療関係者の方々と緊密に連携しながら、がんゲノム医療の普及・浸透に向けて取り組んでいきます。それでも地理的な要因などで検査が浸透しない地域や情報の格差によってアクセスできない患者さんが存在する可能性も認識しています。だからこそ、今のうちから試行錯誤を重ね、地域ごとの課題に対する効果的なアプローチを見出し、成功事例を積み重ねていきたいです」と鈴木は将来への意気込みを語ります。

 

内閣府が発表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」ではがん遺伝子パネル検査の保険外併用療法・民間保険について言及されるなど、医療制度の在り方が議論されています。検査のタイミングや保険適用の範囲についても今後変化していく可能性もあり、遺伝子パネル検査を早期に実施することで無効な治療を回避し、医療経済性の面でもメリットが見出されることが期待されます。

 

今後、がんゲノム医療のさらなる進展により、より多くの患者さんに最適な治療が提供できる可能性が広がっていきます。中外製薬は製薬企業としての強みを活かし、がん遺伝子変異に対応した新薬の開発とがんゲノム医療の両面から、がん治療の進展に貢献していきます。そして、検査から治療までの一連の流れをサポートする総合的なアプローチで、より多くの患者さんに希望をもたらす医療の実現を目指していきます。

田中智実(ファウンデーションメディシン事業推進部FM企画グループ)

2014年MR職にて入社。同年より鹿児島県の医療機関を担当。当時担当していた医療機関のがんゲノム医療連携病院としての手上げを支援した経験から、がんゲノム医療を主軸として扱うFM事業推進部へ異動を志す。2022年よりFM事業推進部PM推進1グループへ異動し東京エリアのがんゲノム医療指定病院への情報提供を担当。2024年より同部のFM企画グループに異動し、現在はマーケティング企画やメディカル業務、一般の方向けの広報活動等を担当している。

鈴木翔大(ファウンデーションメディシン事業推進部PM推進1グループ)

2015年MR職にて入社。入社後は北海道にてスペシャリティ領域のMRとして4年間従事。2019年からは同地域でオンコロジー領域のMRとしてがんゲノム医療の推進に貢献。MRとして自社製品を扱う中で、がんゲノム医療の重要性をもっと多くの人に届けたいとの想いから2024年にFM事業推進部へ異動。現在は東京都内におけるがんゲノム指定病院の新規立ち上げ支援や情報提供活動を展開している。