
職場で病気のことをどう伝える?
よいタイミングはある?
- オリジナルコラム
- 社会人
- 仕事
- 人間関係

病気と上手に付き合いながら仕事を両立させるためには、職場の理解と配慮、協力は欠かせません。しかし、プライバシーの問題や上司や同僚との関係性などを考えると、病気のことを職場に伝える難しさに直面する人は多いはずです。国家資格キャリアコンサルティング技能士1級として、仕事と治療の両立支援を行う服部 文さんに、病気や治療について伝えるべきか、話すとすれば誰にいつ、何をどこまで話すとよいか、具体的にアドバイスをしていただきます。
病気の困りごと、伝える?伝えない?
会社に病気のことを伝えるかどうか、それはとても多く寄せられる悩みです。特に難病などでは日常的に不具合を感じつつも、長期にわたる入院のように、「会社にどうしても伝えなくてはならない事情」がないことも多く、伝えるか伝えないかは本人次第という構図になりやすいことも影響するようです。
また、「自分ごとで心配をかけたくない」「働きにくさを伝えたら仕事を続けられなくなるのではないか」「尾ひれのついた噂が広まってしまうのではないか」など、複雑な思いや不安もあって、話すことがためらわれます。その一方、できることなら職場で適切な配慮を得て、快適な環境で働き続けたいという思いもあるので、気持ちの葛藤が生じるのではないでしょうか。
結論から言うと、健康上のことは、あなたの大切な個人情報であり、病気になったからと言って必ず伝えなくてはならないものではありません。伝えるべきか否かの判断のポイントは「病気や治療が業務に影響を及ぼすかどうか」です。
企業に課せられている安全配慮義務というものについて、聞いたことがあるのではないでしょうか。労働者が安全に働くことができるよう、健康状態に応じて配慮をすることが企業の義務となっています。同時に労働者には自己保健義務が課せられています。業務に支障があるような健康異常があったとき、企業側は把握できなければ健康管理措置が行えません。ですから、労働者からその事実を申告することが必要なのです。
あなたの場合はいかがでしょうか。仕事をするうえで困りごとがあったり、今後の体調変化で差し障りが出てくることが見込まれたり、ということはありますか? もし心当たりがあるならば、伝えることを考えたほうがよいかもしれません。先ほど述べた労使の義務としての観点だけではなく、職場に状況が理解されないまま、疾患による働きづらさによって仕事の効率が悪くなったり成果が出づらくなったりすると、「やる気がない」「能力が劣っている」など、あらぬ評価や判断をされかねません。そのほうがよほど就業上の危機に陥りそうです。
伝えることについての不安には、どんな気持ちが含まれているのかを考えていきましょう。これはとても大事なことです。不安の正体が見えずに立ちすくんでいると、不安を回避するための行動が取れないまま、状況が悪化してしまうこともあります。
不安の明確化には、心配ごとを一つひとつ思い付くまま付箋に書き出していくという方法が有効です。例えば「やりがいのある仕事を外されるのが怖い」「痛みが出ている間はできない作業がある」「通勤ラッシュ時の乗り換えがつらい」「隣の部署のAさんに知られると、興味本位なうわさが広がりそう」など、具体的な言葉にしていきます。「ほんとにこれで全部かな?」と問い直しながら、なるべく多く書き出していきましょう。
書き終えたら、似たもの同士の付箋を分類して貼り直していき、自分の不安を言語化して表現できるようにしてください。不安を明確化することは、職場に伝えるためにも、その対策を考えるためにも、とても大事な作業です。できない作業の代わりに他の業務を担当したり、通勤ラッシュを避けて時差出勤をしたり、情報共有の範囲をあらかじめ申し入れたりする、というアイデアが浮かんでくるかもしれません。
いつ、誰に、どんな内容を伝えるべき?
職場に伝えるのであれば、次は、「いつ」「誰に」「何を」伝えるかを考えていきます。
●「いつ」伝えるか
伝えるタイミングは、なるべく困りごとが本格化しないうちがよいでしょう。「今後、この業務を行うことが難しくなる可能性があるので、そのときに備えて相談にのってもらえませんか?」とあらかじめ会社と情報共有をしておくと、余裕をもって対処を考えてもらえます。
みなさんも突発的な仕事が飛び込んでくると、予定していた業務が滞って慌てますよね。職場の調整だって同じです。待ったなしで対応を迫られると、困ってしまうことがあります。しかも、体調に関することは個別性が高いため、対応の仕方に決まった答えがあるわけではなく、一つひとつ考えて、うまく職場全体のバランスを調整していかなければなりません。制度と照合して可能性を探ったり、産業保健スタッフに相談したり、職務を他の人と入れ替えたり、とかくきめ細かい対応を要します。
対応する余裕がなければ、「とりあえず休職して、前のように仕事できるようになるのを待とうか」なんて場当たり的な提案をされてしまうこともあり得ます。「元通りの回復が難しいから困っているのに、辞めろということだろうか…」と相談を受けることがありますが、実は企業側がオーバーフローしていることもあるのです。余裕をもって進めましょう。
●「誰に」伝えるか
次に伝える相手を考えていきましょう。まず思い浮かぶのが直属の上司です。どうでしょう、話をよく聴いて力になってくれそうでしょうか。ここでは、誰に話すことがうまく物事が進みそうかを考えていきましょう。誰をキーマンとするかが大事です。長く付き合う病気ですから、コミュニケーションが取りやすく、親身になってくれて、さらに調整できる立場にある人が一番です。
最初に不寛容なタイプの人と向き合っていきなり対立関係に陥ってしまうと、うまくいくはずのことも前途多難になってしまいかねません。力になってくれそうな人は誰か、幅を広げて考えてみてください。信頼のおける先輩や根回し上手な同僚に相談して、一緒に作戦を立ててもらうのもよいかもしれません。人事労務の担当者や産業保健スタッフなども、両立支援で力を借りたい人たちです。
●「何を」伝えるか
伝えるのは、いわば「今後の自分の働き方プロジェクト」を社内向けにプレゼンするようなものですから、事前にしっかり準備しておきましょう。ここで、先に明確化しておいた自分の気持ちや思いが役に立ちます。職場と対話することで、どのような働き方を実現していきたいか、しっかりイメージしておくことが大事です。
「病気で大変」ということばかりが伝わっていては、ともに仕事をしていくイメージが共有できません。伝えるべきことは、病名や治療内容の深掘りではなく、治療や症状によって自分の体調にどんな変化があり、仕事にどんな影響が見込まれるか、どんな配慮や工夫が得られれば今後の仕事に貢献できそうか、ということです。

自分の心を守るために
会社で居心地のいい環境の中で働けることは、病気の有無に関わりなく、誰しもが願うことです。しかし、組織はいろいろな人で構成されている集合体。必ずしも均質で快適な環境ばかりではありません。特に病気で体調が弱っているときは、心もセンシティブであることが多いものです。病気とともに働くときに、周囲の人に体調や働きにくさを理解してもらうことで助けられることはたくさんありますが、同時に周囲の何気ない言葉に傷つくこともあると思います。ここではそうしたことも想定して、大切な自分の心を守っていくことについて考えていきましょう。
よく起こりがちなのが、会社に伝えたことが、思わぬ内容や範囲で広がってしまうことです。そもそも、どこまで知っておいてほしいかは人によって考え方が異なります。腫れ物に触るような扱いをされるより、聞きたいことがあれば遠慮なく質問してほしいと考える人もいれば、なるべく病気のことに触れてほしくない、同じグループの人だけに上司から伝えておいてほしいと考える人もいます。これはどちらが正解ということではありませんし、自分にとって過ごしやすい環境を整えるために必要なことであれば、それに沿って協力してもらえるようお願いしておくとよいと思います。説明もなく、自分が望む行動を相手に求めることはできません。自分が何を望むのかを明確に言語化し、伝えておきましょう。
また、不意にデリカシーのない質問をされてたじろぐこともあります。カチンとくるだけでなく、虚を突かれて思わず答えてしまった自分自身に激しく後悔して、後々まで苦しむこともあるでしょう。口に出してしまったことは取り返しがつきません。「話したくない」ことを伝えるセリフを、反射的に繰り出せるように事前に準備しておきましょう。
私が監修した「病気の治療とともに働く人のためのワークブック(別ウィンドウで開く)」の最終章に、「自分のココロの守り方」が載っています。「話したくない」を伝えるセリフを考えるほかにも、同じ言葉でも発する人によって響き方が違うことを知ったり、職場でどのように接してもらいたいかまとめたりすることに活用できます。病気に向き合うだけでも大変なことです。それ以外のことに余計な労力を使ってすり減ってしまわないために、大切なあなたの心をしっかり守っていきましょう。
会社側は本人を特別扱いしないで、よき伴走者に
最後に、両立を相談される会社側の立場の人へのメッセージです。治療と仕事の両立は、病気の特性や状態、職務内容や能力などと密接に関連する、とても個別性の高い問題です。そのため、こうすればうまくいくという定型の対応策をあらかじめつくっておくことができません。情報を持っているのは本人です。病気に伴うこれからの働き方を相談されたら、まずは「よく話してくれましたね」とねぎらいを込めて受けとめたうえで、十分に話に耳を傾けてください。
忙しくてゆっくり話が聞けないようなら、事情を伝えて改めて時間をとる約束をしたほうがよいかもしれません。安心して話せる場と関係性をつくる、最初の関わりを大事にしてください。
また、企業側の基本的なスタンスとして、「配慮はしても特別扱いはしない」ということを共通認識として持っておく必要があります。程度は違っても、職場は多様な事情を持ち合わせる人ばかりで構成されているはずです。子どもの不登校、親の介護、配偶者の不調など、職場に話さなくても私生活では困りごとを抱えている人も多いでしょう。配慮の名の下に周囲にすべてのしわ寄せが及ぶと、「私だって大変なのに」と感じる人がいても不思議ではありません。職場に不公平感が出ることは、本人も周りにもよい影響を与えません。調整後も定期的にヒアリングの機会を設けて、本人だけでなく、周囲でカバーする人たちにも目配りし、現場で困りごとが生じていないか確認したり、それぞれの貢献をきちんと評価したりすることも大切です。
個々の事情を包括しながら、全体が調和した組織を維持するには、人と人とのコミュニケーションがカギを握っています。風通しの良い、対話しやすい環境を整えて、柔軟で強い組織を育てていってください。きっとそこにいる誰もが居心地のいい職場になっていくことと思います。
