一人ひとりが、最大限に力を発揮し、多様な社員が互いに尊重し合うインクルーシブな組織文化の醸成をめざす中外製薬。その一環として、障がい者の雇用拡大と就業環境の整備に注力し、中外製薬グループの成長に貢献する人財の育成に取り組む。障がい者の高い雇用定着率を実現できる企業風土の魅力を2人のキーパーソンが語る。(インタビュイー:佐藤、磯辺) ※中外製薬公式talentbook(https://www.talent-book.jp/chugai-pharm)より転載。記載内容・所属は2024年12月時点のものです

社内の理解浸透を図り、仕事の幅と雇用の場を創造

患者中心の高度で持続可能な医療の実現に向け、連続的なイノベーションの創出をめざす中外製薬。ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を経営の重要課題の1つと位置づけ、その一環として障がい者の雇用拡大と活躍できる就業環境の整備に積極的に取り組んできた。

佐藤:当社では、異なる考え方やアイデアを尊重し合いながら、多様な人財がそれぞれ最大限に力を発揮できるインクルーシブな組織文化の醸成をめざしています。

 

女性社員、外国籍社員、障がい者、キャリア入社者など、多様なバックグラウンドを持つ社員が働いています。その上で、一人ひとりが主役となり、自らの能力を十分に発揮して活躍することが、イノベーション創出の大きな原動力となり、ひいてはグループ全体の成長、ミッションステートメントの実現につながると確信しています。

 

D&Iの取り組みの1つとして、障がい者雇用を拡大していますが、当社では特例子会社を設立していません。代わりにグループ算定特例の認定を取得し、グループ全体が一体となった活動を展開しています。

 

この背景には、障がいのある社員を別会社で雇用するのではなく、同じ組織で共に働き、活躍してもらいたいという想いがありました。障がいの有無にかかわらず、すべての社員がいきいきと働ける環境を整備することが、真の共生社会の実現に貢献できると考えています。

 

人事部 ダイバーシティ推進室長の佐藤と、中外製薬ビジネスソリューション株式会社(以下、CBS)の日本橋ダイバーシティワーク推進グループでグループマネジャーを務める磯辺。それぞれの立場で、障がい者の雇用の推進や職場定着支援に携わってきた。

 

佐藤:私はグループ全体の障がい者雇用戦略の策定と推進を統括する立場です。各本部、グループ会社のHRBP(Human Resource Business Partner)や人事担当者と連携しながら、障がい者雇用の方針、就労環境の改善、適切な業務配置の検討などを進めています。また、障がい者雇用に関する法的なマネジメントもしています。採用担当者とも密に連携し、障がい者採用の実現に向けて取り組んでいます。

 

D&Iを推進する上で、私は一貫して社員一人ひとりが持つ力を最大限に発揮できる仕組みづくりに努めてきました。障がい者雇用を推進する上で鍵となるのは、職場における障がい者への正しい理解です。「できない」という先入観を取り払うことで、携われる仕事の幅も広がりますし、本人や職場で「何ができるか」を起点に一緒に考え一人ひとりの能力を発掘し、育成していくことが大切だと考えています。

 

磯辺:CBSは、中外製薬グループの一員として人事、経理、総務、IT、医薬情報関連業務におけるビジネスサポートのサービスを提供しています。

 

グループ算定特例の認定取得にともない、障がい者が就労しやすい業務を提供するため、2021年に障がい者雇用に特化したダイバーシティワーク推進グループがCBS内で設立されました。私は本社の日本橋拠点の責任者として、採用にはじまり、障がいのある方に実施いただく業務の切り出しや、長期的な就労支援を主導しています。

 

障がいのある方が働くことはさまざまな困難があると想像しがちですが、個々の特性に応じた業務と、適切な指導があれば、皆さん能力を発揮できるということを、日々実感しています。

 

障がいに関する知識を深め、正しく理解することが重要であり、この事実を全社員に知ってもらうことが私の役割だと考えています。

現場と人事部の連携による多角的なアプローチでD&Iを推進

ダイバーシティ推進室は障がい者雇用に対する社内の理解浸透に向けて、多角的な活動を行ってきた。

佐藤:D&Iに関する情報発信と事例共有を目的とした「ダイバーシティ&インクルージョン通信」を定期的に配信しています。この中で、CBSのダイバーシティワーク推進グループの活動を積極的に取り上げ、全社に啓発を図ってきました。

 

さらに、全社でD&Iへの理解を深める相互理解の場として、「中外ダイバーシティDAYS」を毎年開催しています。このイベントでも障がい者雇用をテーマにしたプログラムを設けています。2024年にはパラアスリートを招き、彼らの活躍の背景にある想いや経験を共有いただきました。

 

一方、磯辺は現場で障がい者のための就業環境の整備に取り組んでいる。

 

磯辺:2021年のダイバーシティワーク推進グループ設立以降、段階的に職種の拡大を実現しています。美化清掃業務から始まり、総務関連業務や社内文書配布業務へと拡大し、担当職種の範囲は着実に広がっています。

 

職種を拡大していく上では、職場における障がい者への理解が欠かせません。必要な合理的配慮を知ってもらうために、関係部署とは相談・連携しながら業務を検討しています。さらに、ハローワークの協力を得てサポーター研修を実施するなど、啓発活動にも力を入れています。

 

磯辺が自ら志願してD&I推進に携わるようになったのは2022年のこと。それまで製薬技術本部で品質管理に従事していた彼女が新たな仕事への挑戦を決意した背景には、ライフステージの変化にともなう大きな価値観の変容があった。

 

磯辺:入社して間もないころは福祉と縁遠い生活を送っていましたが、子育てを通じて児童福祉の重要性を実感しました。ここ最近では両親が高齢になり、地域福祉の意義を認識するようになりました。

 

社内に障がい者雇用を推進する部門が設立されたのはちょうどそのころ。日常生活で福祉に触れる中で、自分も人々の力になりたいという想いから、新しい分野への転身を決意しました。

 

障がい者雇用に対する知識がまったくなかった磯辺が、一人ひとりと向き合う中で気づいたのは、信頼関係を築くことの重要性。障がいがあってもなくても、コミュニケーションには本質的な差異がないという事実だった。

 

磯辺:異動した当初は、障がいのある方には常にサポートが必要なのではないか、お任せできる業務も限定的ではないかと思い込んでいましたし、周りの人からも「大変だよね」と声を掛けられることもありました。でも、すぐに間違いだと気づきました。確かに、個々の特性に応じた業務量の調整や、業務の指導や支援は必要です。

 

たとえば、体調や身体的な特性に応じて業務をアサインするほか、相談しやすい職場の雰囲気や体制づくりを心がけています。しかし、気づいたのは、これらの配慮は障がいの有無にかかわらず、誰に対しても同じように行うべきものだということを、日々の業務を通じて強く感じるようになりました。一般的なマネジメントにおいても、業務指導や支援、育児や介護などのワークライフによる業務の調整、定期的なCheck-inなど本質は変わりません。

 

また、一人ひとりとコミュニケーションを重ねるうちに、皆さんが自発的に自分のことを話してくれるようになり、業務がスムーズに進行し、相互に課題解決ができるようになっています。

 

とくに印象的だったのは、コミュニケーションが苦手なメンバーが多い中、とてもコミュニケーション能力の高いメンバーが入社してきたときのことです。その方が加わってから、メンバー同士の会話が増え、今までは相談事はメンバーから私への一方向ばかりだったのが、メンバー間で相談し合って解決できることが増えました。コミュニケーションを通じて互いの価値観を理解することの重要性、これにも障がいの有無は関係ないことを毎日実感しています。

 

こうした活動を全社規模で推進することが人事部の使命。現場と常に連携しながら後方支援してきた。

 

佐藤:立ち上げ当初は人事部主導で進めていましたが、現在ではCBSのほうが豊富な経験と専門性を持っています。職種の拡大に向けて全社に周知が必要な場合など、会社全体として効率的に動く必要がある際にサポートを提供することが私たちの役割。現場の自主性を尊重しつつ、全社的な視点から必要な支援を行っています。

86%の雇用定着率を実現。社内外の反響に感じる手ごたえ

CBSでは障がい者の86%という高い雇用定着率を実現。一連の取り組みが功を奏していている背景について、磯辺は次のように説明する。

 

磯辺:実際に働いているメンバーから、職場の居心地の良さを評価する声がよく聞かれます。とくに、私たちジョブコーチの存在意義を認めてくれるメンバーが多く、「信頼できるジョブコーチがいるから安心して働ける」といった声を聞いたときは、確かな手ごたえを感じました。

 

ジョブコーチとは、障がいのある人の職場適応と長期的な就労をサポートする専門家のことで、私も資格を取得しました。日頃のサポートだけでなく、ミスが発生した際、建設的に再発防止策を一緒に考えるなど、安心して相談できる環境が整っていることが、高い雇用定着率につながっていると考えています。

 

メンバーが楽しく仕事をしている姿や、成功を喜び次のステップに進む様子を見られることにとてもやりがいを感じます。何よりも嬉しかったことは彼らから、「この会社に入社できてよかった」と直接言ってもらえたことです。

 

一方の佐藤も、社内外からの反応を通じて確かな手ごたえを感じてきた。

 

佐藤:他社のダイバーシティ担当者から、「中外はジョブコーチ制度を導入されているそうですね。詳しく聞かせください」と問い合わせを受けることがあります。これは、私たちの新しい取り組みが評価されている証。少しずつではありますが、私たちの努力が社外でも認められつつあると感じています。

 

また、社内イベントのアンケートなどでは、他部署から「障がいのある方々がいきいきと働いている姿を見るのは嬉しい」、「取り組みをあらためて知り、重要な施策だと感じた」といった意見を耳にします。美化清掃業務などを通じて、相互にコミュニケーションを取る機会が増え、会社の意識が変わりつつあることは大きな励みです。

 

これらの取り組みが評価され、中外製薬は2023年には障がい者雇用に関する優良な中小事業主を認定する制度「もにす認定」を取得。これを契機にCBSのみならずグループ全体における障がい者雇用への理解促進のきっかけとなることを期待される。

D&I推進で加速する多様性を尊重する企業文化。障がい者雇用を通じてより強い組織へ

多くの日本企業がD&Iの本質的な理解と浸透に課題を感じる中、高い職場定着率を実現する中外製薬。その要因を2人は以下のように分析する。

 

佐藤:経営理念に共感している社員が多いことが当社の特徴です。私たちは革新的な医薬品とサービスの提供を通じて、世界の患者さんと人々の健康に貢献することをミッションとしています。社会課題の解決に対する強い意欲が根底にあるため、障がい者が直面する課題に対しても、積極的に改善したいという社員の想いが強いのかもしれません。また、社員のダイバーシティ&インクルージョンへの理解が進んできていることも影響していると感じます。

 

この基本的な姿勢と、磯辺さんたちが提供する綿密なサポートとの相乗効果によって、居心地の良い、安心して働ける職場環境が構築されていると私は考えています。

 

磯辺:職場にいると、患者さんや周囲の力になりたいという想いを持つ社員が多いと実感します。これはD&Iを推進する上で大きなアドバンテージですよね。社員全体にダイバーシティの考え方が浸透していることが、取り組みの成功につながっていると感じています。

 

ヘルスケア産業のトップイノベーターをめざす中外製薬にとって、障がい者雇用拡大の取り組みはまだ始まったばかり。より良い就業環境の実現に向けて、二人は次のように抱負を述べる。

 

磯辺:CBSでの障がい者雇用の実績とノウハウを、積極的に中外製薬グループ全体と共有していきたいと考えています。これまでの経験を活かし、グループ全体での障がい者雇用の理解促進に貢献することが、現在の目標です。

 

佐藤:高度に専門化された業務が多いため、障がい者の方に適した業務を抽出することに課題があります。そのほかにも、まだまだ乗り越えるべき課題も多くありますが、誰もが個々の能力を最大限に発揮できる環境を創出することが私たちの使命です。

 

同時に、もっとも重要なのは障がいのある方にとって幸せな働き方を追求することです。単に雇用率を満たすための数合わせではなく、障がいのある方と企業の双方にとってWin-Winの関係を構築することをめざしています。

 

また、障がいのある方々と交流することは、社員の視野を広げ、さまざまなマイノリティへの理解を深めるきっかけにもなるはずです。真の共生社会の実現に向けて、障がい者への正しい理解を広め、多様性を尊重する組織文化を醸成していくことが、結果としてグループ全体をより革新的で強靭な組織へと進化させることになると信じています。