新成長戦略TOP I 2030の実現に向け全社でDXを推進する中外製薬。デジタルを活用した革新的な新薬創出とこれに続くバイオプロセス開発効率化の取り組みが行われるなど、製薬技術本部でもその動きが活発化している。デジタル技術を活用したバイオプロセス開発に関わる3人が、同社の現在地、そして未来を語る。
(インタビュイー:中嶌、陳、野中)
※中外製薬公式talentbook(https://www.talent-book.jp/chugai-pharm/)より転載。記載内容・所属は2023年11月時点のものです
データドリブンなプロセス開発サイクルの実現を
2020年に「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を策定し、“ビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーター”を目指して製薬業界でいち早くDXに取り組んできた中外製薬。バイオ医薬品の製造プロセス開発にも積極的にデジタル技術を導入している。
野中:医薬品開発におけるプロセス開発とは、実験室で得られたデータを基に、新しい医薬品を効率的かつ安全に、そして大量生産する製造方法を開発する過程のことを言います。
従来、このプロセスは「ウェット」と呼ばれる実験室内での実験が中心でした。新薬の種となるアイディアが着想されてから市場に投入されるまでには、一般的に10年前後あるいはそれ以上の長い期間が必要とされています。
成功確率の向上、開発期間の短縮、コスト削減が重要な課題となる中、私たちはこのプロセス開発の一部をウェットからシミュレーションに置き換えるなど、デジタル技術を活用し効率化や高度化の実現を目指しています。
共に、バイオ原薬のプロセス開発を行う製薬研究部に所属する中嶌、野中、陳の3人。中嶌は培養技術開発、野中と陳は精製技術開発にそれぞれ携わっている。
中嶌:私が関わっているDX関連プロジェクトの一つに、細胞培養シミュレーション技術の開発があります。当グループは、原薬を製造するための細胞培養の技術や条件を検討する部署。実験の労力とコストを削減する目的で、数理モデルと機械学習を組み合わせた細胞培養シミュレーションの実現に向けて検討中です。始動したばかりのプロジェクトで、社内外のさまざまな専門家と議論を交わしながら試行錯誤を繰り返し、課題解決に向けたアプローチを模索しています。
もう一つが、In-lineラマン計測技術の開発です。In-lineラマン計測技術とは、細胞培養では複数の機器を用いてさまざまな項目を計測しますが、これらを分光学的センサー1本で計測する技術です。通常、実験室で細胞培養液をサンプリングし分析するなど、現場での作業が必要になりますが、ラマン計測技術が実用化できれば、その場で培養液をサンプリングすることなく、実験室外からリモートアクセスでデータを閲覧できるようになります。
業務を効率化して削減できた時間を、他の研究開発活動に費やすことができると考えています。最近、ラマン計測技術で得た細胞培養情報を用いてプロセスを制御する技術を開発することができました。現在、特許出願の準備を進めているところです。
野中:私は製薬技術本部全体の実験記録の電子化と効率化を行うDXプロジェクトを他部署のメンバーと共に推進してきました。入社当時、実験記録は紙に手書きで記録されたものが書庫で保管されていましたが、前任者が電子実験ノートを導入。私がその取り組みを引き継ぐ形でこのDXプロジェクトに本格的に参画し、実験記録の電子化のみならず、実験機器のデータ、試薬、サンプル情報を電子実験記録と統合する拡張機能を導入しました。2022年には一連のシステム開発と導入が完了し、研究開発業務の完全な電子化が実現しています。
さらに、 2023年からは、データ利活用による業務の効率化、高度化に向けたデジタル基盤開発に着手しています。これまで、自部署および他部署で取得した複数のデータは手作業で表形式にまとめられ、異なるフォーマットでさまざまな場所に分散して保管されていました。
そこで現在、必要なデータを一元管理し、瞬時にアクセスできるシステムの開発に取り組んでいます。このシステムによって、研究開発業務の効率化を図ると同時に、大量データを活用したシミュレーションやモデリング技術の開発加速を目指しています。
陳:私は、野中さんと同じグループで精製プロセス開発に携わっています。抗体と不純物の挙動を予測するモデルの開発や、過去の開発データを活用して膜濃縮プロセスの緩衝液組成や抗体の挙動を機械学習で予測する技術の開発など、プロセス開発を加速するモデリング技術の開発や、業務を効率化するツールの開発を行っています。
これに加え、データ利活用のためのデータベースとインフラの構築、ウェブアプリの開発も担当しています。
トップファーマでプロセス開発のDXを担うがゆえのおもしろさとやりがい

中外製薬では、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」の発表前年に「デジタル戦略推進部」を発足。デジタル基盤の強化に向け、風土改革にも力を入れてきた成果が実りつつある。
中嶌:マネジメント層もDX実現に向けた取り組みには積極的で、説得できず前に進めない歯痒さを感じたことはありません。
野中:製薬研究部では、この3人以外にも多くのメンバーがDX関連プロジェクトに取り組んでいます。効率化や自動化を目指して、従来は難しかった高度な解析技術の導入に対して部全体がとても前向きで、DXプロジェクトを支持する空気が醸成されていると感じます。
一方、業界の先頭を走るからこそのこんな苦労も。
中嶌:担当している2つのプロジェクトは、いずれもスタート時から参加してきました。新たにテーマを立ち上げるには、まず基盤整備が必要です。装置やソフトウェアに関する情報を収集して、それらを比較検討し、提案する。組織の中で未経験のことを実施するので、装置やソフトウェアを導入後、安定稼働までには困難も伴います。
野中:私は現在、データ利活用基盤の開発に取り組んでいますが、前例がないため手探りで進めており、メンバーが具体的に活用例をイメージできるよう、プロトタイプの開発を急ピッチで進めています。一方で、所属する製薬研究部の中だけではなく、必要なデジタルスキルを持つ他部署や他本部のDX人財とも協働し、アジャイルな社内開発を進められることは大きな強みになっていると感じます。
陳:データベースを構築する過程では、全社の基盤システムを連結させる作業に苦労しています。さらに、データ利活用を加速させて技術開発を進めるには、戦略的パートナーであるロシュ社とのデータ連携も欠かせません。解決すべき課題は多岐にわたります。
独自のサイエンス・創薬技術力を強みに国内の製薬業界をリードしてきた中外製薬。その製造プロセス開発のDXに大きなやりがいがあると3人は口を揃える。
中嶌:バイオに強みを持つ当社は、研究開発型の製薬企業として多くの新薬候補を抱えています。世界最先端の技術力を維持・向上し、製造プロセス開発を効率的に進めていく上で、野中さんや陳さんが取り組むデータ利活用基盤の構築も含め、業務プロセスのDXは喫緊の課題。やりがいを感じながら取り組んでいます。
野中:中嶌さんの指摘の通り、私たちは明確な目的のもとでDXプロジェクトを進めてきました。たとえば、プロセス開発の一部をシミュレーションに置き換えることができれば、必要な開発期間とコストが大幅に削減され、それだけ新しい薬をより早く患者さんに届けることが可能になるかもしれません。
国内トップクラスの革新的な開発パイプラインを誇る中外製薬の一員として、アンメットメディカルニーズに応えたいという想いが原動力になっています。
陳:モデリング技術で予測した結果が製造プロセスに応用され、実際の製造結果と一致すると、大きなやりがいを感じます。今後、さらにDXを進めてデータの価値を高め、プロセス開発と研究開発への活用範囲を広げていきたいと考えています。
それぞれの視点、それぞれが感じる魅力。私たちが中外製薬で働く理由

それぞれまったく異なる道を辿って中外製薬に入社した3人。同社で働く魅力も三者三様だ。
中嶌:ロシュとの戦略的アライアンスにより、中外製薬はロシュの画期的新薬を国内で独占販売することができるため、安定的な収益基盤を得ていることから、当社は独自の技術や創薬への集中投資が可能となり、革新的な取り組みに対して寛容な環境があります。研究開発を進める上でこれはとても重要なこと。そうしたいわば正のサイクルの中に身を置けることは、とても幸運なことだと感じています。
野中:精製プロセス開発の業務に1年ほど携わった後、デジタル基盤構築リーダーに就き、実験記録の電子化や、現在も取り組むデータ利活用基盤の開発に携わってきました。一人ひとりの社員の希望を最大限に尊重し、それぞれのキャリアや成長を重視して配属が決定される点に、大きな魅力を感じています。
陳:デジタル化や技術開発を進めるに当たって、ドイツやアメリカのロシュ・グループの専門家らと3カ月ごとに会議を開催しています。互いに情報や知識の交換ができていて、刺激的な環境です。
一方、プロセス開発のDX実現の最前線で多忙な日々を送る3人だが、意外にも自由度の高い働き方ができていると言う。
中嶌:われわれがいる部署では、コアタイムなしのスーパーフレックスタイム制が採用されており、一人ひとりが制度の範囲で自由度高く働いています。社会動向や社員の意見を踏まえた制度改善も都度行われています。また、コロナ禍を経て、テレワーク勤務も浸透してきました。今日も体調を崩した子どもの世話のために自宅で仕事をしていて、とても柔軟な働き方ができています。
野中:対面のほうが効率的な場合は出社しますが、コロナが収束した現在も、多くの社員がテレワークを取り入れており、私自身も週に3日程度は在宅で勤務しています。出社とテレワーク勤務を手段と捉えて、業務をより効率的に進めるための使い分けが活発に議論されています。
陳:私も一時的に母国の実家からテレワーク勤務していた時期がありました。国籍や居住地に関係なく、ライフスタイルに合った働き方ができる環境があると感じます。
デジタル技術の力で、ヘルスケアの未来をより良いものに

デジタル技術の活用を推進して新しい価値を生み出し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するために。中外製薬がいま必要とする人物像について3人はこう述べる。
中嶌:イノベーションを実現するためには、さまざまな知識やスキルを持つ方々の力が欠かせません。学生時代に生物系を専攻した方だけでなく、他業界の経験者も積極的に歓迎します。医薬品や医薬品に関連する直接の業務経験がない方でも、志のある方であれば、当社にならきっと活躍できる場所があると思います。
野中:当社では、中嶌さんや陳さんのようなデータサイエンティストやデータエンジニアだけでなく、デジタルプロジェクトを企画し、推進できる人財も求めています。私自身もデジタル技術開発やDXプロジェクト推進は未経験でしたが、中外製薬では新たなことに挑戦し成長できる機会があります。プロセス開発のDXにおいて重要なデジタル技術に長けた方はもちろん、変化に対して前向きな方と出会えることも楽しみにしています。
陳:製薬研究部はITを専門とする部門ではないため、科学とデータサイエンスの両方の知識を融合できる方が理想的です。また、当部では常に新しいチャレンジに取り組む意欲を持つ方がフィットすると思います。
入社以来、中外製薬のプロセス開発のDXの一翼を担ってきた3人。これらもプロセス開発の効率化と高度化に尽力するつもりだ。
中嶌:当社では成長戦略「TOP I 2030」を掲げ、この達成に向けた組織目標を明確にしています。プロセス開発のあるべき姿を描き、バックキャスティングとフォーキャスティングの両方のアプローチをバランス良く取り入れ、常にゴールを更新しながら、それにどう近づけていくかを考えていくことが大切だと思っています。
陳:当グループでは、「Create a Global Standard」をスローガンに掲げ、技術開発に取り組んできています。精度、スピード、そしてデジタル技術の適用を含むあらゆる面で、「TOP I 2030」をアラインして、 プロセス開発の新たな世界標準を築いていけたらと考えています。
野中:その「TOP I 2030」を実現する上でキードライバーとなるのが、DXです。デジタル技術を活用した効率的で高度なプロセス開発の実現と革新的な新薬の上市をいち早く形にするべく、この大きな変革を実現するためのDXプロジェクトを、熱意を持って多くのメンバーと協力しながら推進していきたいです。