中外製薬は、あらゆる企業活動の根幹に患者さんを置き、患者さんにもたらす価値を追求している。患者中心の高度で持続可能な医療の実現をめざし、患者団体との協働プロジェクトをリードする竹内。患者さんを「課題解決へともに取り組むパートナー」と位置づけ、医療の変革に取り組む想いを語る。
(インタビュイー:竹内)
※中外製薬公式talentbook(https://www.talent-book.jp/chugai-pharm/)より転載。記載内容・所属は2023年10月時点のものです
「ダイアログ」で紡ぐ医療の未来。中外製薬と社会の共有価値創造をめざして
中外製薬では、2019年にミッションステートメントを再定義。その中で「革新的な医薬品とサービスの提供を通じて新しい価値を創造し、世界の医療と人々の健康に貢献します」と存在意義を明確にするとともに、「患者中⼼」「フロンティア精神」「誠実」と3つのコアバリューを掲げている。
「当社は『革新的医薬品を核としたイノベーション創出による社会課題の解決を通じて、当社および社会双方の発展をめざす』ことを基本方針と位置づけました。患者中心の高度かつ持続可能な医療の実現によって、当社と社会の共有価値を創造することを目標に設定しています。
3つのコアバリューの中でも最優先として掲げているのが『患者中心』です。患者さん一人ひとりの健康と幸せを最優先に考え、誰もが最適な治療を選択できる医療をめざしています(竹内)」。
その実現に向けて、同社では患者さんの声を代表する患者団体との協働を推進しており、「患者さんにとっての製品価値最大化」「患者さんのリテラシー向上のための疾患啓発」「患者さんの医療参画のアドボカシー活動支援」を3本の柱に設定。そして、こうした活動の基盤と位置付けているのが、患者団体との相互理解を促進するためのコミュニケーションである。
これまで製薬会社は生命関連企業として、コンプライアンスの観点から患者さんにプロモーションを実施できないなど、患者さんとの間に一定の距離が存在していた。しかし、2019年のコアバリューの再定義で「患者中心」を掲げたところから、コンプライアンスを遵守した上で患者団体との協働について積極的に取り組んでいくようになった。
「その代表的な取り組みとして挙げられるのが、2020年から実施しているCEOと患者団体との『ダイアログ』。これは、中外製薬の『患者中心』の取り組みについて経営トップが自らの言葉で語り、患者団体との対話を通じてそれぞれが考える課題を共有し、社会課題の解決につなげていくことを目的とした活動です。
初開催となった『ダイアログ2020』では、CEOとがん領域の患者団体の代表者の方々との対話を実施しました。これまで製薬会社のトップが患者団体と平場で対話する機会はほとんどなかったため、患者団体の代表者からは『日本ではエポックメイキングなことだ』とのコメントもいただきました。
翌年には、がん以外の領域の患者団体の方々にも参画いただき、その後は医療関係者やアカデミアなどさまざまなステークホルダーをお招きして実施しました。2023年には患者団体からの呼びかけで当社の他に製薬会社2社のトップも参加したダイアログを共催するなど、年々進化を遂げています(竹内)」。
患者の声を創薬研究に。新たなスキームPHARMONYで広がる患者中心の取り組み

ダイアログでは、対話を通じて課題を抽出し、その課題に対して実施した取り組みを翌年のダイアログで報告するというのが基本サイクルだ。これまでさまざまな課題が抽出されてきたが、患者団体の関心が高かったものの一つが、「創薬に関する研究員との対話の機会創出」だった。
「当社ではこれまでも臨床開発から承認・販売・育薬の過程で、患者さんの声を取り入れる活動を実施してきましたが、ダイアログをきっかけに、より研究早期の段階から患者さんの声を聞く重要性を痛感しました。そこで、研究員と患者団体との対話を実施。さらに、患者さんの声を研究に取り入れるスキーム『PHARMONY(ファーモニー)』の構築に至りました。
PHARMONYとは、Patients(患者)とPharma(製薬)の頭文字と、Harmony(調和)を組み合わせた造語です。このスキーム構築のため、トライアルとして研究プロジェクトでの協働事例を重ねながらナレッジを蓄積し、患者団体との協働を進めるための活動ガイドを作成しました。PHARMONYの活動から得られた患者視点の知見を、今後の創薬研究に活かしていきたいと考えています(竹内)」。
PHARMONYの構築に竹内らが着手したのは2022年のこと。業界の中でも研究早期から患者さんの声を取り入れる活動の事例はあまりなく、手探りの中での始動だった。
「研究員たちは患者さんのための創薬に強い情熱と使命感を持っています。一方で薬の研究開発には長い期間がかかり、うまくいかないことの方がむしろ多く、研究開発の特性上、開示できない情報もあるため、患者さんと対面することで逆に『患者さんを落胆させることにつながりはしないか』と、心配する面もあるように見えました。
そこで、患者団体側は『何がなんでも自分たちの声を反映してほしい』というスタンスで臨んでいるわけではないこと、研究員側からは創薬研究の難しさも率直に説明することで、まずは相互理解を図っていくことが意見交換の目的であることを伝えました(竹内)」。
実際の研究プロジェクトで意見交換を行ったところ、研究員にとっては患者さんの生の声に触れたことが貴重な気づきを得る機会となった。
「参加した研究員からは、疾患や薬剤、治療そのものについての情報は医療関係者とのコミュニケーションや論文からも入手できますが、たとえば手術をした場合の後遺症や治療期間中における日常生活上の困り事に対する想いやニーズなどは、患者さんとの意見交換だからこそ聞き出せる情報であり、今後の創薬に向けて得るものが多くあったと聞いています。
また意見交換の形式も、当初はこちらからの質問を患者さんに送り、事前におおまかな回答をもらった上で当日意見交換する方が効率的で深堀りもできるのではと思い込んでいました。
ところが、患者団体との打ち合わせを重ねる中で、一人で治療経験を思い返すとつらい記憶も多く患者さんが何人か集まった状況の方が気持ちが楽になり考えやすいこと。
またただ意見を述べていくのではなく、付箋紙に書き出して発散したあとに皆で整理する方法がよいのでは、などの提案もいただき、意見交換の最善の形を一緒に探していきました。患者さんとともに意見交換の場を作り上げる、この行程がまさに相互理解の時間であったと感じます。
こうした情報を社内でも共有し、患者さんとの意見交換の意義や価値に対する理解を広めていけるよう、引き続き取り組んでいけたらと思っています(竹内)」。
さらにPHARMONYは研究本部を超え、製薬技術本部でも患者団体と協働する際の活動ガイドを作成するなど、これまで患者さんと接する機会のなかった部署でも患者団体と協働する取り組みが広がっている。
そして、「患者中心」に社員一人ひとりが向き合い、 意識変化・行動変容を喚起することをめざし、渉外調査部と経営企画部が協業し全社を巻き込む対話企画も新たに開始した。
「『患者中心』への取り組みについて社員一人ひとりが自分にできることを考え、アクションを起こすきっかけにしたい、また患者さんのことを、課題解決へともに取り組むパートナーであると考え、この対話企画は『活動の第一歩、一体感、共創』という意味を込めて『PHARMONY ONE』と名付けました。
社員が主体的に参画できるよう、PHARMONY ONEへの参加は手挙げ制とし、患者さんと共通課題の解決に向けて意見を交換し合えるワークショップ形式を採用しています(竹内)」。
第一回目のPHARMONY ONEが実施されたのは、2023年の9月。その後も継続的な実施が予定されている。
「PHARMONY ONEも含め、PHARMONYの活動では『話を聞いて終わりにしないこと』を大切にしています。『貴重なご意見をありがとうございました』と伝えて終わりにするのでなく、取り組みや検討の結果をきちんとフィードバックすることで、また次のステップを検討していけると考えています。
患者さんからは『検討結果をきちんと共有いただけるのはありがたく、患者団体としても次につなげていける』『こちらに対する配慮があり、協働した甲斐があった』といった声もいただいています。
そして参加した社員からも『これまでは、患者さんが薬を飲む瞬間と薬の効果測定の瞬間ばかりを考えていたが、それは患者さんにとってはあくまでも“点”でしかなく、もっと患者さんの生活まで目を向けないといけないことを感じた』という意識変化についてのコメントがあがり、本企画の意義をあらためて感じました。こうした活動を通じて実感した具体的な声を、社内外にもっと届けていけたらと思います(竹内)」。
患者さんからの声が背中を押してくれる。協働が実を結ぶ未来を信じて

2005年の入社後、MR(医薬情報担当者)として東京都内の医療機関を担当した竹内。その後マーケティング部を経て初めて患者団体とのコミュニケーションを経験したのは、当時の一般社団法人 中外Oncology学術振興会議(現 公益財団法人 中外創薬科学財団)への出向時だった。
「全国各地でさまざまな活動を行っている患者団体の方々に、横のつながりを持つきっかけとなるようネットワークづくりの場を提供したり、さまざまな専門家を招いた講演会や勉強会を実施したり。がんの患者団体に対して製薬企業とは違う立場から支援・サポートを行っていました。
それまでは医療関係者としかやりとりをしたことがなかったので初めは戸惑いもありましたが、患者さんの視点や感じられている課題などを知ることができ、学びの多い貴重な6年間でした(竹内)」。
患者団体と接する中で患者さんの存在を身近に感じるようになったと話す竹内。協働の可能性に気づいたのもこのころでした。
「実際に対話する中で、『誰もが住みやすい社会をつくっていきたい』『ひとりでも多くの患者さんの命を救う薬づくりに貢献したい』といった純粋な気持ちを皆さんが持っていらっしゃることを知りました。
患者団体の方からは『患者や医療関係者だけが頑張ってもきっとだめで、竹内さんのような立場の方も含めて、皆で取り組むことが今後に向けて大事だと思う』とのコメントをいただきました。
患者団体の方々はさまざまな課題があっても自分たちにできることをしようと懸命に努力されていて、行動力のある方も多く、立場の違う者同士うまく力を合わせることができれば、社会をより良く変えていけるかもしれないと感じたのを覚えています(竹内)」。
その後、竹内は2020年に渉外調査部パブリックアフェアーズグループへ。製薬会社の一員として立場を変え、出向先での経験を活かしながら患者団体との協働に取り組んできた。
「患者団体との協働を実施する上では、疾患・領域ごとに抱えている課題やそれぞれの団体の規模や目的、活動内容などをよく理解する必要があると思っています。
また当社からの依頼が特定の団体に集中することや、同じようなプロジェクトの重複を避けるためにも、患者団体との窓口を社内で一本化し情報を集約している現在の体制は理にかなっていると思います」
「患者さんはともに課題解決するためのパートナー」と捉え、患者団体との協働プロジェクトをリードする中で大切にしてきたことがある。
「企業側にしか有意義にならないような企画は実施すべきでないと考えています。また患者さんの声を全て取り入れれば良いというわけでもありません。実際に協働した患者団体から、『中外製薬と取り組んでよかった』と言ってもらえるような、また社内の各部署からも実施してよかったと思ってもらえるような双方にとって有意義となる企画づくりにこだわってきました。
当社には、患者団体と社内にアプローチし課題解決の実現をめざすハブのような役割を果たす『Patient Communication Specialist(PCS)』が設置されているのもそのためです。企画に関連する部署、そして患者団体の双方と密にやり取りをしながら協働する目的を明確化させ、お互いにとって得られるものの意義や価値を最大化できるよう心がけています(竹内)」。
国内製薬会社で患者団体との協働に早くから取り組みながらも、手探りの部分も多くさまざまなハードルも感じてきた。その背中を押してきたのは、患者団体から届く声だった。
「ダイアログに参加してくださった患者団体の代表の方々から『打ち上げ花火のように1回やって終わるのではなく継続した取り組みを行っている』という言葉をいただけたときは、今まで取り組んできたことが患者さんにも評価してもらえて、本当に嬉しかったです。
また、意見交換会を経験した他部署の社員から『患者さんの声を聞いたことで研究を行っていく上でのモチベーションが上がり、1年以上たった今でも患者さんを思い出して何が最適な薬かを考えるようになった』といった言葉を聞くことが大きな活力になり、ここまでやってこられました。
また外部の患者団体調査(PatientView社実施)でも国内総合評価1位を獲得でき(調査期間2022年11月~2023年2月)、これまでの活動は決して間違っていなかったと感じられ、今後に向けた励みにもなっています。
日本において患者さんの声を創薬研究に取り入れることが1日も早く当たり前になるよう、そしてさまざまな社会課題を患者さんも含めたマルチステークホルダーでともに解決していく社会となるよう、この活動を続けていきたいです(竹内)」。
患者中心の医療の実現を──ヘルスケア産業のトップイノベーターに向けて続く挑戦

中外製薬が考える「患者中心」の医療とは、患者さんが自ら医療に参画し、一人ひとりが自分にとって最適な治療を選択できる医療です。その実現に向けて、竹内はこう抱負を語る。
「私たちがめざす医療の実現にはまだまだ課題は多いと感じています。その課題解決のためには、患者団体との協働だけでなく、他社、医療関係者、行政など、さまざまなステークホルダーとともに取り組んでいくことが必要です。その点ではまさにマルチステークホルダーでの取り組みとして始動した『創る会(※)』の活動は一つの好事例だと思います。
とはいえ、欧米に比べ国内ではまだ黎明期であると思うので、ヘルスケア産業のトップイノベーターとなるべく、今後も挑戦していきたいと思います(竹内)」。
道なき道を行く。自身のキャリアをこう展望する。
「患者団体との協働を含めたマルチステークホルダーによる社会課題のさらなる解決に向け、今は新たな道を切り拓いていくことが重要であると感じており、一つひとつやるべきことをやった先に、自分らしいキャリアが見えてくればいいなと思います(竹内)」。
患者中心の医療を実現し、一人ひとりが最適な治療を選択できる社会を実現するために。これからも竹内の挑戦は続く。
※ 臨床試験臨床試験にみんながアクセスしやすい社会を創る会:患者団体、研究者、アカデミアなどが疾患を越えて臨床試験へのアクセス改善をともにめざすことを目的として設立