協働先の取り組みと活動に向けた想い

Vol.1「失敗から学ぶ場所、一緒に成長する仲間、お互いを支え合う小さな社会をつくる」 一般社団法人ZEN代表 野島弘さんの想い

中外製薬は社会貢献活動を通じて誰もがいきいきと活躍できる共生社会の実現を目指しています。一般社団法人ZENの活動現場は、まさに当社が目指すような光景が広がっています。「子どもたちが自ら成長するきっかけを作りたい」と語る野島代表理事の想いをご紹介します。

一般社団法人ZENの活動現場
写真:野島弘さん

野島弘さんプロフィール

1962年生まれ、東京都出身。17歳の時の交通事故が原因で車いすユーザーとなる。32歳で競技スキーに出会い、36歳で長野パラリンピック日本代表に選出。現在は日本チェアスキー協会理事としてジュニア普及育成活動に従事するとともに、一般社団法人 ZEN代表理事として、障がいのある子どもたちが元気に楽しく、力強く生きられるように自立心を育てる活動も行っている。

そこにあったのは、小さな社会だ。お互いを信頼して支え、みんながみんなを応援する。できなくても励まして、達成したらともに喜ぶ。子どもたちを真ん中にして、昨日のように今日があり、今日のような明日がある。みんながそう思っている空間だ。

埼玉県戸田市にある彩湖は、首都圏に水を届ける貯水池で、大雨が降った時には洪水を防ぐ治水機能もあわせ持つ。いざという時に頼りになる縁の下の役回りだ。ここには一周4.6kmの周回コースが敷設されていて、休日になると自転車愛好者やランナーが思い思いに走っている。

一般社団法人ZEN代表理事 野島弘氏

一般社団法人ZEN代表理事の野島弘さんは、5歳から10歳までの車いすの子どもたち5人をここに集めた。目的は、車いすユーザーにとって自転車のような役割を持つハンドサイクルを体験してもらうこと。ハンドサイクルとは、その名の通り「手こぎ自転車」のことで、パラリンピックでは2008年の北京大会から自転車の正式競技に取り入れられている。

スタッフは、野島さんを合わせて6人。子どもたちのそばには、付き添いできた親が見守っている。

「今日は公園をぐるーっと一周するからね。けっこう途中で坂があるんだけど、みんな頑張ろう!」

野島さんがはじめにみんなに声をかけ、「親子で楽しむハンドサイクル教室」がスタートした。

親子で楽しむハンドサイクル教室

子どもたちの中には、初めてハンドサイクルに乗る子もいれば、大会に出た経験のある子もいる。笑顔で楽しむ子もいれば、「自転車に乗ってみたい」と言って参加してみたものの、不安な面持ちの子も。それぞれの子が、いろんな思いを抱えている。スタッフや親は、そんな子どもたちの気持ちを前に向けることが仕事だ。

スタート地点から1kmをすぎたあたりのところで、坂が見えてきた。一般の自転車でも登るのが大変な約100mの上り坂だ。子どもたちも、歯を食いしばった表情に変わった。小学校低学年には、まだ一人で登るのは難しい坂だ。それでも、スタッフに手助けをしてもらいながら一生懸命にこぐ。

ハンドサイクルを楽しむ子どもたち

最年長の上床悠太くんの今日の目標は、この坂を自力で登り切ること。登りはじめは順調だったけど、頂上まで残り10mまで来たところで、スピードが落ちてきた。それでも、スタッフが後ろから押してもらうことは断固として拒否する。みんなから「悠太!がんばれ!」と声をかけられ、最後の一踏ん張りだ。「んんー」と唸りながら坂の上までたどり着いた時には、みんなが「やったー!」と喜びあった。

悠太くんは、「今日は初めて助けを借りずに坂を借りることができて、うれしかった。楽しかったです!」と笑った。

■車ユーザーの子どもたちの「きっかけ」をつくる

ハンドサイクルを楽しむ子どもたち

野島さんは、チェアスキーの元パラリンピック日本代表で、現在は日本チェアスキー協会と日本障害者ゴルフ協会の理事も務めている。立場としては、世界で戦うパラスポーツ選手を育成するのが本業かもしれない。だが、それ以上に野島さんがZENの活動を通じて大切にしているのが、「子どもたちが自分自身で成長する“きっかけ”を与えること」だ。

そう考えるようになったのは、2005年のことだった。この頃、後に北京パラリンピックの日本選手団長になる村岡桃佳さんに頼まれて、チェアスキーの体験でスキー場に連れて行った。

そこで気づいたことがあった。大人たちに囲まれてスキーをやれば、技術的に上達できても、子ども同士が一緒になって遊ぶことがない。それはまずいと思った。子どもは、子ども同士で学び合うことがある。車いすユーザーの子どもには、そのことを経験する場所が少ないことに気づいた。

当時は、車いすの子ども用のスキー道具もない時代で、それなら夏場に子どもを集めて野外活動をしようとなった。それがZENの原型だ。

カヌー活動

野島さんには、活動を始めるにあたって決めていたことがあった。「輪で育てて、個を伸ばす」。そして、「個で伸ばしたものを、輪に入れる」だ。

「日本人って、どのスポーツでも基礎を厳しく教えますよね。でも、指導者にとって、それは簡単なことなんです。怒鳴って、反復練習すれば、誰でも上手になります。試合でも勝てます。でも、それで通用するのは中学生まで。そのあとは伸び悩みます。もちろん、私もスポーツをする時にはケガ防止のためにも基礎を教えますが、それよりも子供たちが遊びながら勝手に経験値を集めることが大切だと思っているんです。自由に発想し、自らの経験を応用して成長につなげる。それができた子どもは挫折に強い。そのための“きっかけ”を与えたいんです」

ZENの活動は幅広い。ハンドサイクルの体験会のほかにも、キャンプ、カヌー、ソフトボール、もちろん冬場はスキーもする。とはいえ、どの子どもも最初から泊まりがけでスポーツや野外活動が楽しめるわけではない。

「親と一緒にいると、親が身の回りのことを全部やってくれるので、子どもは自分がどんなことができるのか意外と知らないんです。親もそう。私が『合宿に行きましょう』と提案すると、『ウチの子は無理です。お漏らするし、迷惑かけてしまいます』と言う。私は『お漏らしぐらい、問題ありませんよ』と答えると、親は驚くわけです。親の立場では子どもに愛情を注ぐのが役目だけど、時にはそれが過保護になってしまう。それを、スポーツを通じて同世代の子ども同士で遊ぶことで、みんなが自立できるようになって欲しいんです」

川でのアウトドアで笑顔の子どもたち

子どもたちは、スポーツを通じてたくさんの失敗を経験する。正解が何かは、子どもたちにも、ましてや周りにいる大人たちにもわからない。でも、チャレンジそのものをしなければ、いつまでも失敗することはない。失敗すれば、その失敗にどう対処すればいいかを考えるようになる。子どもの可能性を引き出すのは、子どもを中心としてどんな失敗も成長につなげてくれる「小さな社会」で、それを手助けするのがZENの役割だ。

この日のハンドサイクルのイベントに参加した悠太くんの父・上床岳史さんは、こう話す。

「普段は排泄の時にはサポートが必要なのですが、合宿に行くことが決まると悠太が自主的に『一人でやらなきゃ』と思うようになって、家で練習を始めて、自分でできるようになったんです。日々、成長しているんだなと感じています」

野島さんは、こう話す。

「いろんなことを経験して、自分が目指す山を見つけて登ってくれたらいい。ZENは、子どもたちの小さな社会を通じて、成長するきっかけを作ることが目標なんです」

担当者の声

写真:辰巳皓哉

ESG推進部 社会貢献グループ
辰巳皓哉

一般社団ZEN代表理事の野島さんご自身が、一言では表せないほど、人を惹きつける魅力のある方です。そんな野島さんが作り出す空間は、障がいを抱えるお子さんやそのご家族を温かく包み込み、参加者が自然と友達作りやチャレンジができます。キラキラとした笑顔が自然に溢れ、子どもたちは非日常的な空間で、チェアスキー、カヤック、ハンドバイクといった様々な野外活動を楽しむとともに、友達や大人とのコミュニケーションを通して、たくましく成長していっています。楽しむだけではなく、時には少し高いハードルにもチャレンジができる、失敗ができる、そんなZENの活動は、多くの子どもたちの未来の可能性を広げる活動であると思っています。