自由度の高い研究環境が拓く創薬の未来。多様なモダリティを駆使し革新的医薬品の創出を

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世界有数の抗体創薬技術と先進的な中分子の創薬研究を強みとする中外製薬。その中分子原薬、および関連する不純物の構造を詳細に分析し、製品化に向けた重要な科学的根拠を提供するのが構造解析の役割だ。長年にわたって構造解析に取り組んできた専門家の視点から、同社で製薬研究に取り組む魅力と可能性に迫る。

(インタビュイー:大藤)

※中外製薬公式talentbook(https://www.talent-book.jp/chugai-pharm)より転載。記載内容・所属は2024年7月時点のものです

化学の迷宮をひた進む。構造解析が支える医薬品の有効性と安全性

製薬技術本部 分析研究部に所属する大藤。構造解析の専門家として、候補化合物等の分子構造の解明に携わっている。

「研究本部で合成された有望な化合物を臨床応用可能な製剤として治験申請・医薬品販売承認申請するために、それらの化学構造を保証することが私たちの役割です。

構造解析の対象となるのは医薬品原薬だけではありません。その製造プロセスにおける中間体、すなわち医薬品合成の過程で生成される医薬品原薬部分的構造を有する分子や、原料となる化合物の構造解析も行なっています。

化学合成プロセスの性質上、原薬中に不純物の混入は避けられません。私たちは、これらの不純物に対しても構造解析を実施し、その化学的特性を明らかにしています。

解析結果に基づいて、各不純物の許容限度値を設定するための科学的根拠を提供することも、私たちの重要な任務のひとつです(大藤)」。

 

構造解析の役割は、開発段階にとどまらない。医薬品を市場に出す際の品質と安全性を保証する上でも極めて重要な役割を果たしている。

 

「有望な候補化合物の製品化をめざす際には、規制当局への申請が必要です。この申請過程において、化合物の特性を示す重要な情報のひとつとして、分子構造の詳細な記述が要求されます。

有効成分に関しては、その有効性はもちろん安全性を含む多岐にわたるデータが求められますが、不純物についても同様の情報提供が必要な場合があります。とくに不純物は、安全性の観点から精査されることが多いです(大藤)」。

 

低分子と抗体に次ぐ第3の柱として中外製薬が注力する中分子の解析にも取り組む大藤。従来の手法では対応しきれない難しさがある一方で、知的好奇心を刺激される機会も多いと言う。

 

「いわゆる低分子は一般的に分子量が500程度までであるのに対し、中分子では1500近くに達することがあります。構造解析では分子間の相互作用を解読する際に、多様な分析手法を駆使しますが、分子量が増えることで構成要素が複雑化するため、解析の難易度は高まります。

中分子ペプチドへの取り組みが本格化する以前は、その構造解析の分野に関する知見は十分ではありませんでした。現在では、ペプチド解析に適した手法の検証が進められており、分析技術の急速な進化を実感しています。

これまで標準とされてきた手法が通用せず、なぜうまくいかないのかを検討し、原因を特定することから始める場合もありますが、探究すべき領域が拡大し、研究者として知識と技術の深化につながっています。

もちろん、すべての試みがうまくいくわけではありませんが、壁を乗り越えた際の喜びと達成感は格別です。難しい場面に直面する機会は増えましたが、挑戦的な課題に取り組めることは大きなやりがいになっています(大藤)」。

「患者中心」の考えが、困難を乗り越える力に

学生時代に農学部で有機化学の研究に従事する過程で構造解析と出会った大藤。博士号を取得後、国内の外資系製薬会社に入社し、製剤分析の分野でキャリアをスタートさせた。

 

「患者さんに投与するための製剤を研究する施設で、開発された製剤の分析評価を担当しました。具体的には、経口固形製剤の有効成分の溶出性や、製剤中の経時的な分解物生成の有無などを分析していました。

入社3年目には、社内制度を通じて親会社に約9カ月間の出向を経験しています。当時、その会社は製薬業界で世界最大規模。科学的アプローチの先進性と、製薬業界における圧倒的な存在感を肌で感じられたことは、その後の私のキャリアにおいて貴重な礎となりました(大藤)」。

 

帰国後、前職の研究施設の縮小にともない、大藤が新天地に選んだのが中外製薬。研究者としてキャリアの幅を広げたいという想いが背景にあった。

 

「面接時に詳細を尋ねたところ、私に期待されていたのは低分子ではなく抗体の研究開発でした。中外製薬は抗体医薬品の開発において国内有数の企業です。それまで低分子を専門としてきた私にとって、抗体研究への挑戦は新たな経験を積む絶好の機会だと感じました(大藤)」。

 

2006年に入社し、抗体医薬品の海外申請業務や分析法開発に携わった後、入社5年目に大藤は低分子の担当に。そこで構造解析の専門家として成長するきっかけになる出来事があったと振り返る。

 

「医薬品の開発初期段階に携わり、臨床試験段階で治験薬を大量に供給する必要がありました。私たちに課されたのは、それらを出荷するための試験を実施し、規格への適合性を確認する重要な役割。製造過程や分析過程でさまざまな課題が発生する中、膨大な数の治験薬を短期間で出荷しなければなりません。これらの問題に対処しながら、厳格な品質基準を満たす製品を提供するのは、非常に困難な作業でした。

この局面を無事に乗り越えられたのは、メンバー全員の献身的な努力があってこそ。一丸となって取り組んだことで、最終的に大きな成果を上げることができました(大藤)」。

 

当時の大藤を支えたのは、「患者さんのために」という使命感。その根底には、自身の忘れがたい経験があった。

 

「私たちが開発に携わっていた化合物は、革新的な有効性が期待されたものです。市場に出れば、間違いなく患者さんにとって有用な治療選択肢となる可能性を秘めていました。それがチームのモチベーションの源泉になっていたと思います。

実際、臨床試験では多くの患者さんに有効性が確認されていたため、一日も早く患者さんの元へとこの薬を届けることは、私たちにとっても悲願。皆さんが通常の生活を取り戻すお手伝いができることは、大きな喜びでした。

個人的な経験も、この想いを強く後押していたと思います。今から7年前、私は父をがんで亡くしていますが、闘病中、中外製薬の薬にもお世話になっていたんです。

この経験を通じて、薬を待ち望む患者さんとその家族の存在をより身近に、より切実に感じるようになっていたことが、最後まで情熱を持って仕事に取り組み続けられることにつながっていると考えています(大藤)」。

垣根を越えた協働が導く革新。独自の研究環境とロシュとの連携が次世代の創薬の契機に

入社して19年目を迎える大藤。中外製薬の分析研究部で構造解析に取り組む醍醐味について、次のように話す。

 

「当社の研究施設の特徴的な点は、同一の事業所内に低分子、中分子、抗体を扱う研究者が共存していることです。さらに、医薬品開発プロセスにおいて重要な原薬と製剤を研究するそれぞれの専門家も同じ事業所にいます。

これにより、低・中分子の原薬、抗体の原薬、低・中分子の製剤、抗体の製剤という幅広い分析対象に接する機会が得られています(大藤)」。

 

実際、専門領域の垣根を越えて問題が解決されるケースも多いと大藤は言う。

 

「多くの製薬会社では、原薬と製剤の研究は異なる拠点で行われることが一般的で、技術交流の場は限られがちかもしれません。一方、当社では異分野の専門家との交流が日常的に行われていると思います。

たしかに、分野によってまったく異なるアプローチが必要な場合もありますが、局所的な現象を把握するための分析においては、抗体研究でも低・中分子研究で使用されるツールが有効な場合があります。抗体研究チームと協力し、相互の知見を活用して課題解決に至ったことがこれまでに何度かありました。

2023年には横浜市に最先端設備を備えた新研究所が開設されました。研究者にとって非常に刺激的で恵まれた環境があると感じています(大藤)」。

 

社内のオープンな職場環境やロシュ社との連携も、研究活動に好影響を及ぼしていると大藤は指摘する。

 

「当社には風通しが良い上に、新しい技術的アプローチを奨励する文化もあります。

また、ロシュ・グループの一員であることも非常に魅力的です。世界的な製薬企業にしか知りえない最先端の情報や、将来的に業界標準となり得る革新的な考え方に触れられるなど、ロシュ社との密な交流や連携は私たちの研究活動に大きな付加価値をもたらしています(大藤)」。

新たな仲間と共に、構造解析の専門家としてさらなる高みへ

構造解析の専門家としてキャリアを築いてきた大藤。豊富な経験を持つベテランとなった今も、自身の専門性を磨き続けている。

 

「構造解析においてもっとも重要なのは、必要な情報を正確に提供することです。これなくしては、どんなに高度な解析も意味をなしません。実験による裏づけを取りながら、確実で充分なデータを蓄積していくプロセスを常に意識しています。

また、最新の研究動向を把握することも欠かせません。学術論文や学会発表などで報告される研究成果には、非常に示唆に富む情報が含まれています。可能な限り収集し、自身の研究に反映させるよう心がけています。

さらに、社外活動にも積極的に参加してきました。現在、国立医薬品食品衛生研究所が主導する医薬品等規制調和・評価研究事業『医薬品の品質水準の効率的確保に向けた日本薬局方の新規試験法と国際調和の検討』の分担研究に携わっています。

また、他の一般社団法人学会の委員としても活動しています。同業他社の構造解析専門家ではない企業研究者との交流を通じて、業界における最新の研究動向や直面している課題等についても貴重な情報交換の機会を得る非常に有意義な機会になっています(大藤)」。

 

分析研究部の一員として今後も成長していくために。未来の仲間に向けて、大藤には伝えたい想いがある。

 

「中外製薬では、自ら考え、自ら行動する社員が多くいます。主体性と行動力を持った人ほど働きやすく、大きな成果を上げられる職場だと思います。

重要なのは、自分の信念を持ち、それを実現するために粘り強く取り組める姿勢です。信じる道を進む意志のある方を歓迎します(大藤)」。

 

構造解析の専門家として豊富な経験を積み重ねてきた大藤の探求心は、今なお衰えを知らない。これまでに培った知識と技術を後進に伝承しつつ、飽くなき好奇心と情熱で、さらなる高みをめざす。