横浜市戸塚区の豊かな緑に包まれた中外製薬の研究拠点「中外ライフサイエンスパーク横浜」。そのエントランスに佇む二つの独創的なモニュメント『Life Science Code|ライフサイエンスの記憶』と『Life Science Summit |ライフサイエンスの頂』が数々の国際的なデザイン賞を受賞しました。今回は、これらのモニュメントのディレクションとデザインを手がけた高橋匠さん(株式会社博展)と、研究所の施設・環境を統括する大木光馬(中外製薬 研究業務推進部長)に、なぜ最先端の研究所にサイエンスや創薬とは一見関係のないモニュメントが立てられたのか、その背景や作品に込められた想いを語っていただきました。
世界が認めた二つのモニュメント
『Life Science Code|ライフサイエンスの記憶』(以下Life science code)は、国際デザイン賞として権威のある「A' Design Award & Competition:プラチナ賞(最高賞)」をはじめ、「iF 国際デザインアワード:受賞」「日本空間デザイン賞:ショートリスト入賞」「IDA国際デザインアワード:銀賞」など、ライフサイエンスの本質と可能性を表現していることが評価され、多数のデザイン賞を受賞しました。そして『Life Science Summit |ライフサイエンスの頂』(以下Life Science Summit)は、「日本空間デザイン賞:ショートリスト入賞」や「IDA国際デザインアワード:銅賞」を受賞しました。
「未知の領域が多いライフサイエンスの神秘的な魅力と可能性が多くの方に伝わり、広く海外から評価されたことを嬉しく思います」と、デザインを手がけた高橋匠さんは受賞の喜びを語ります。

二つのモニュメントは、2023年4月に本格稼働した「中外ライフサイエンスパーク横浜」(以下中外LSP横浜)のシンボルとして、制作が進められました。
「中外製薬は、DNAの情報に基づき、患者さん一人ひとりに合わせた創薬に注力していることを知りました。素人ながらもDNAについて調べていくうちに、DNA解析の画像を目にし、まるで摩天楼のようで『美しい』と感じたのです。これをモチーフにしたモニュメントを作りたいと直感的に思いました」と、高橋さんは『Life Science Code』のインスピレーションを得た瞬間を振り返ります。

DNAの美しさに引き込まれた高橋さん。「地球に最初の生命が誕生して以来、DNAは人類の"記憶"を刻みながら進化を遂げ、いまに受け継がれています。その「記憶」とDNAのもつその神秘性を作品で表現したいと考えました」と続けます。

『Life Science Summit |ライフサイエンスの頂』はDNAの二重らせん構造をモチーフに、日本の原木の集成材と1230枚のアルミの積層で構築されています。自然素材とテクノロジーを駆使し、ライフサイエンスの頂を創り上げたというコンセプトが評価を受けました。

想いを形にする創造のプロセス
中外LSP横浜の本格稼働に向けプロジェクトを統括し、推進してきた大木。
「ライフサイエンスの深淵と向き合い、革新的な新薬を生み出していく―私たち中外製薬の覚悟と決意を表現するモニュメントを置きたいと考えました。」と大木はモニュメントをつくるきっかけを話します。

「モニュメント制作には、当時の経営メンバーが積極的に関りました。『ライフサイエンスの頂を目指す』という中外製薬の姿勢をどう表現するか、何度も議論を重ねました」と大木は振り返ります。「『Life Science Summit』は、その名の通り、頂を目指す姿を象徴しています。上へ上へと伸びていく形状は、未知の領域に挑戦し続ける私たちの決意そのものです。そして、患者さん一人ひとりの健康と幸せを支えたいという真摯な想いを持ち、膨大な研究の研鑽から頂を目指す、中外製薬の姿勢を体現しています。(大木)」
さらに、経営メンバーがこだわったのは、過去の歴史と未来への展望の両方を表現すること。「富士御殿場と鎌倉にあった研究所を集約し、中外ライフサイエンスパーク横浜が誕生しました。御殿場と鎌倉での先人たちの努力や苦労の積み重ねがあって今の中外製薬があるのです。二つの研究所への感謝の気持ちと、『これからも革新的な医薬品を創出し続ける』という決意を一つの作品に込めたいという想いがありました」と大木は続けます。

『Life Science Code』には、"記憶"が多彩な素材で刻まれています。森林の採取物は自然の記憶、時間をかけて作られてきた岩石は大地の記憶、金箔や金属の鎚起などの伝統工芸や職人の技は人の記憶。そして富士御殿場研究所と鎌倉研究所から採取した植物は中外製薬の記憶です。
「高橋さんをはじめ博展のプロジェクトメンバーの皆さんとは、中外製薬がどんな研究をし、この研究所にどんな想いを込めているのかについて、何度もやりとりし、私たちの想いを見事に具現化してくださいました」と大木は制作の過程を振り返ります。

「制作の過程では苦労は多かったですが、それ以上に、見たことのない風景になるのではないかという期待感が大きかったです」と高橋さんは振り返ります。
2022年2月にスタートしたモニュメント制作は、こうして約1年3ヶ月の歳月をかけて完成しました。
「中外ライフサイエンスパーク横浜」から革新的な新薬を世界へ
中外LSP横浜は、イノベーションを連続的に創出し、創薬力のさらなる強化を目指すというコンセプトをもとに、2014年から新研究所プロジェクトがスタートしました。それから実に9年の歳月をかけた2023年に本格稼働を迎えることとなります。 「単なる研究所の移転・統合ではなく、『世界の患者さんに貢献する革新的な医薬品を創出するためには、研究者が最高のパフォーマンスを発揮できる環境が必要だ』という、名誉会長 永山の強い想いがありました。その想いが、この研究所の隅々にまで反映されています。(大木)」 新薬の開発は、一般的に9年から17年という長い年月を要します。しかも上市に至るのは、膨大な研究の中のほんの一部。成功の確率は3万分の1ともいわれ、研究者にとっては、挑戦と失敗の繰り返しが続く険しい道のりです。 「私たちの研究は、常に未知との闘いです。一つの成功の裏には、数え切れないほどの失敗があります。しかし、その一つひとつの経験が、次の成功につながっていくのです。失敗を悪いこととはとらえずに、次の研究や実験に向き合っていく。それが中外製薬の企業文化なのです」と大木氏は語ります。 高橋さんは「研究の壁にぶつかった時、社員の皆さんが、原点に立ち返るきっかけになれるようなモニュメントでありたいです。」と思いを込めます。 「私も研究者にとって、ひらめきやイノベーションが生まれるきっかけとなる場所になればと思います」と大木氏は期待を寄せます。
未来へ向かう決意のシンボル

「中外製薬の経営メンバーはじめ社員の皆さん一人ひとりの使命感や創薬にかける情熱と想い表現できることが、モニュメントの力だと思っています。」と高橋さんは改めてモニュメントへの想いを語ります。
「中外製薬の使命は、世界中の患者さんに革新的な新薬をお届けすることに尽きます。モニュメントで表現されているように、過去から現在、未来へと続くDNAの記憶を受け継ぎながら、自然と最先端の技術を融合させ、ライフサイエンスの頂を目指していきます」と、大木氏は力強く決意を語りました。
『Life Science Code』と『Life Science Summit』は、中外製薬の使命と、それを実現していく決意のシンボルとして、社員と訪れる人々を迎え続けます。
高橋 匠
デザイナー / アートディレクター / アーティスト博展入社後、体験を中心とした空間デザインに携わる。コンテクストから空間デザインを紐解き、より深い体験を追求。アーティストとして光を使ったインスタレーションを発表するなど、活動の場を広げている。近年サスティナビリティーにおける手触り感のあるデザインを多方面で手掛けている。

大木 光馬(研究業務推進部)
2011年中外製薬入社。大学時代の専攻はイタリア絵画史。人事部においてタレントマネジメントシステム導入、HRビジネスパートナー制の導入等の人事企画に従事。2022年1月より現職。富士御殿場研究所、鎌倉研究所二拠点の事業所長として両研究施設の運営統括と閉鎖計画の実行を務めるとともに、中外ライフサイエンスパーク横浜の立ち上げと安定稼働の実現に導いた。最先端の創薬研究所として研究員が自由闊達かつ研究を楽しめる環境の整備を進めるとともに、研究所周辺地域との関係向上に取り組んでいる。
