知的財産

中外製薬における知的財産組織の役割

医薬品ビジネスにおける知的財産活動の役割

中外製薬をはじめとする研究開発型の製薬企業は、莫大な研究開発投資を知的財産権(主として特許)による市場独占期間に回収するというビジネスモデルにより成り立っています。そのため、新薬から得られる利益が、次の創薬への原動力となります。

しかし、製品の根幹となる基本特許の期間が満了すると、後発医薬品・バイオ後続品の参入によって売上は急激に落ち込みます。この現象は「パテントクリフ」と呼ばれ、研究開発型の製薬企業に共通する大きな経営課題です。

この課題に対応するため、中外製薬では、単なる発明の保護に留まらず、製品価値を最大化し、企業の持続的な成長を支える戦略的な知財活動を推進しています。基本特許の満了後も製品の競争力を維持し、売上の急激な落ち込みを緩和することができるように、基本特許だけでなく、製品に付加価値を与える周辺技術についてもライフサイクル特許を取得し、製品を多角的に守る強固な特許ポートフォリオの構築を進めています。

創薬の複雑化と知的財産組織の役割変化

モダリティやソリューションの多様化

近年、遺伝子治療や再生医療といった新しいモダリティが登場し、医薬品開発は従来に比べて非常に高度で複雑になっています。また、ヘルスケアに求められるソリューションも、治療薬の枠を超えた領域へと広がってきています。

これらの多様化は、知的財産のあり方にも変化をもたらしました。一つの製品、周辺サービスやソリューションに多くの特許や特許権者が関わるため、一社が単独で関連技術を確保することが難しくなってきています。

こうした環境の変化に伴い、中外製薬の知的財産活動も変わりつつあります。自社にない技術を補うため、他社とのコラボレーションや、外部の技術を取り入れるオープンイノベーションといった「共創」の考え方を重要視し、外部と連携するための新たな知的財産活動方針を構築・実行しています。

モダリティの多様化:医薬品モダリティの多様化に伴い、遺伝子組み換え技術、細胞培養技術の応用など、より広範でh狗雑な技術が求められる。ソリューションの多様化:デバイス、疾患診断ツールなど医薬品を中心とした周辺技術(Around the pill)に留まらず、デジタルアプリ等の医薬品に依存しないトータルヘルスケアとしてのソリューション提供(Beyond the pill)まで、様々な技術が関連する。治療のみならず予防・未病、診断、予後管理までソリューションは広範囲化している。

中外製薬における知的財産組織の役割

知的財産権の創出・活用や、他社の知的財産権を尊重し事業の自由度を確保することは、事業価値を最大化する上で極めて重要です。

当社の知的財産組織は、経営・事業・研究開発の三層に寄り添う“戦略知財”で成長シナリオを後押しすべく、知的戦略機能および知財サービス機能の2つの機能を軸として、6つの基本的役割を定めています。また、「患者さんが必要とされる革新的な医薬品を適切なタイミングでお届けできるよう、専門性、知恵、知財を道具として活用しながら事業を支援し、社会課題の解決に貢献する」ことを存在意義としています。

知的財産戦略機能

経営・事業・研究開発が抱える課題に対し、知的財産の視点からアプローチ・解決策を提案していく。企業戦略に貢献する知的財産組織としての役割を強化し、課題解決型業務への取り組みにチャレンジし続けます。

知的財産サービス機能

個別ニーズに応じたカスタムメイド型の知的財産サービスを提供します。

知的財産戦略機能:経営・事業・R&Dが抱える課題に対する知財視点ソリューションの提供×知的財産サービス機能:個別ニーズに応じたカスタムメイド型知的財産サービスの提供。中外製薬における知的財産組織の存在意義と知財の役割:患者さんが必要とされる革新的な医薬品を適切なタイミングでお届けできるように、専門性、知恵、知財を道具として活用しながら事業を支援し、社会課題の解決に貢献する。・期待される医薬品事業への支援・イノベーション創出への支援・医薬品市場全体の成長・拡大に向けた技術供与・戦略的アライアンスによるグローバル展開・有効な他者保有知財への尊重・医薬品業界の健全性維持への働きかけと貢献

中外製薬における知的財産活動方針

中外製薬の知的財産活動方針は、事業部門や研究開発部門の個別ニーズに応じたカスタムメイド型の「知的財産サービス機能」と、経営課題の解決を知的財産の観点から支援する「知的財産戦略機能」を両輪としています。

知的財産組織は、これらの機能を通じて、企業価値の向上に貢献する「戦略知財」組織であり続けることを目指し、その実現に向けた羅針盤として以下の5つの基本方針を定めています。
これらの方針は、医薬品事業の価値最大化とイノベーション創出を目的とした知財ポートフォリオ管理を中核に据えたものです。私たちは、このポートフォリオの戦略的な構築と最適化を一層強化し、日々の知的財産活動を推進しています。

知的財産戦略機能:経営・事業・R&Dが抱える課題に対する知財視点ソリューションの提供×知的財産サービス機能:個別ニーズに応じたカスタムメイド型知的財産サービスの提供。中外製薬における知的財産活動方針:1.自社製品の競争優位性を支える知的財産活動、2.知的財産リスクへの備えと有効な他者の知的財産権の尊重、3.ロシュ社との戦略的アライアンスによるグローバル展開、4.イノベーション創出への加速、5.透明性の高いガバナンス体制。これらからなる知財ポートフォリオマネジメント

自社製品の競争優位性を支える知的財産活動

基盤技術の保護

中外製薬は、独自の技術とサイエンスに基づく創薬力「技術ドリブン」と自社製品の競争力を支えるため、知的財産活動を強化しています。保有特許の総数は着実に増加しており、強みである抗体医薬分野での強力な特許網を堅持するとともに、中分子医薬分野でも特許網を構築しています。

抗体医薬分野では、製品・開発品の特許ポートフォリオ以外に、独自の抗体改変技術など革新的な創薬基盤を保護する特許がおよそ2割を占めています。これらの技術の一部は他社へライセンス提供も行っています。

新たな成長領域である中分子分野においては、独自の創薬基盤技術関連の特許が大部分を占めています。これには中分子医薬の創薬研究開発に不可欠な多様な技術が含まれており、研究開発活動を支える特許網を年々拡充しています。

モダリティ別の特許ファミリー比率:2020年は抗体・バイオが75%、中分子が6%、低分子が15%、その他が4%だったが、2024年には抗体・バイオが66%、中分子が14%、低分子が13%、その他が7%となっています。2024年の抗体・バイオの内訳は、抗体技術が19%、製品/開発品関連、製剤技術、製法技術、等が81%となっており、当社独自の革新的な抗体エンジニアリング技術群を特許で保護しています。これらの特許は、当社の技術主導の研究開発を支える重要な基盤となっています。2024年の中分子の内訳は、中分子プラットフォーム技術が77%、開発品関連が23%となり、当社独自の創薬基盤技術である中分子プラットフォームを支える強固な特許ポートフォリオを構築しています。これには、創薬プロセスに不可なペプチドスクリーニングや化学合成などの技術が含まれます。

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自社創製品の保護・価値最大化

自社創製品の価値を最大化するため、多層的かつ堅牢な特許ポートフォリオ構築の強化に取り組んでいます。基盤技術特許、製品の根幹となる物質特許やライフサイクル特許などを組み合わせ、第三者との係争も意識した堅牢な特許網を構築しています。
単に特許ポートフォリオを構築するだけでは、製品の競争優位性を維持し続けることはできません。私たちは、製品のライフサイクル全体を見据えて、適正規模の強固な特許ポートフォリオを構築し、正当な権利行使やライセンスを含めて戦略的に活用し、製品の価値を維持・向上させるプロセスを特に重視しています。これは、市場環境・競争状況の変化やあらゆる角度からの挑戦に備え、或いはそれらに適時適切に対応することにより、製品の競争力を維持していく活動です。こうした知的財産活動を通じて製品価値の最大化を図ることが、次なる革新を生み出すための投資の源泉となります。

そのため特許戦略は、研究開発部門や事業部門と密接に連携して策定します。特に出願国の選定や研究開発のフェーズ移行といった重要な節目において、各部門の戦略や進捗と深く連動させることにより、特許ポートフォリオの適正化と製品価値の最大化の両立を図っています。

特許ポートフォリオ管理のもう一つの重要な側面が、事業の自由度(Freedom to Operate: FTO)の確保です。革新的な医薬品を確実に患者さんへお届けするためには、自社の権利を固めるだけでなく、有効な他社の知的財産権を尊重し、潜在的な知財リスクを最小化するための備えが不可欠となります。

潜在リスクの最小化のためのFTO確保

私たちは、自社創製品の研究開発の初期段階から販売承認申請に至るまで、各フェーズ移行の節目で精度の高い第三者特許調査を実施し、FTOにおける知財リスク評価を行っています。例えば、医薬品としての成功確率が高まる有効性・安全性の概念実証(Proof of Concept)が完了した時点など、事業の重要なマイルストーンにおいてはより深く知財リスクを評価します。

知的財産リスクへの備えと、有効な他者の知的財産権の尊重

私たちは、革新的な医薬品を継続的に創出し、患者さんへお届けするという使命を果たすため、事業の自由度を確保することを重視しています。

その基本姿勢として、自社権利だけでなく、有効な他者の知的財産権は自社権利と同様に尊重します。

そのため、私たちは研究開発の段階から他者特許などを継続的に監視し、事業に影響を及ぼすリスクを常に評価しています。その結果、事業の自由度を不当に制限する可能性があると判断した特許に対しては、その有効性を精査した上で、必要に応じて他者特許に対する異議申立や無効審判の請求など必要な措置を講じます。

ロシュ社との戦略的アライアンスによるグローバル展開

私たちは、契約交渉から権利化、権利活用に至る知的財産のあらゆる場面においても、ロシュ社とOneチームとして緊密に連携し、戦略的アライアンスの価値最大化に取り組んでいます。

・特許ポートフォリオ管理において、協働して各地域でのLOE*を最大化(導出入支援)*Loss of Exclusivity(市場独占期間の喪失)・知的財産に関する紛争や訴訟への対応・IP業務における両社のフレームワークを共有(特許/商標出願国基準、IP関連データベース、生成AIの活用、著作権、OSSなど)・IP人財に特化したロシュグループ会社と中外製薬間の人財交流プログラムの実施

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イノベーション創出の加速

オープンイノベーションによる共創シナジー最大化

中外製薬は2030年に向けた成長戦略「TOP I 2030」において、オープンイノベーションをさらに拡充していく方針を打ち出しています。自社の創薬技術と外部の優れた技術とのシナジーを追求することで、革新的な医薬品を継続的に創出できる基盤をより強固なものにしていきます。

このような「共創」を成功させるためには、協業の目的や相手に応じた柔軟な契約・ライセンス設計が不可欠です。それに伴い、単に知的財産権を取得・管理するだけでなく、共創によるシナジーを最大化するための戦略的なパートナーシップを設計・支援することが求められます。

そのために、知的財産組織と研究開発部門や事業部門が密接に連携し、自社の技術を囲い込むだけではない、柔軟な知的財産活用を行っています。

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知財インテリジェンスで加速するイノベーション創出

知的財産の役割は、創出した技術を守るだけに留まりません。新たな研究テーマの探索や事業領域を開拓する上で、世界中の特許や論文といった技術情報はまさに宝の山です。私たちは、生成AIやAI機能を搭載した最新の知財情報分析ツールを複数組み合わせ、この膨大な情報を迅速かつ多角的に解析しています。

私たちは、知財情報を戦略的に活用する「知財インテリジェンス」を強化し、知的財産組織と研究開発部門、事業部門や外部連携先が密接に連携することにより、最適な課題解決ソリューションを導き出し、イノベーション創出の加速を図っています。

このため、当社では主要な研究拠点(*LSP横浜、IFReC、CPR)に知的財産部員を常駐しており、研究者と知的財産部員との日常的な対話を通じて、発明の萌芽をいち早く捉え、共にその価値を最大化するための戦略を練り上げます。知的財産組織が「現場に寄り添う」体制により、質の高い発明の創出が促され、スピーディーかつ戦略的な権利化を実現を加速しています。

  • (*)知的財産部員が常駐する研究拠点
    中外ライフサイエンスパーク横浜、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)、Chugai Pharmabody Research Pte. Ltd.

職務発明報奨制度を通じたイノベーション創出への働きかけ

イノベーションに挑む社員の意欲を高めていけるよう、「革新的な技術」を対象とする報奨枠を新設し、製品を保護する特許に対する報奨についてはより早期の支払いを行えるようにするなど、職務発明報奨制度の改定を行いました。こうした取り組みを通じて、中外製薬独自の技術に基づく創薬力「技術ドリブン」を推進するとともに、成長戦略「TOP I 2030」が掲げる高い目標の達成につなげていきます。

透明性の高いガバナンス体制

知的財産は、経営における最重要課題の一つです。私たちは、経営戦略に寄り添い、その実現を支える知的財産戦略であることを担保するため、透明性の高いガバナンス体制を構築しています。

具体的には、取締役会に定期的な知的財産活動(知的財産戦略方針、知財ポートフォリオの状況、重要な訴訟/係争案件、事業に大きな影響を与える案件の状況等)の報告を行い、取締役会の監督の下、知的財産活動を行っています。

医薬品業界全体の成長・拡大への貢献と健全性維持

中外製薬独自の抗体エンジニアリング技術の活用と導出

中外製薬独自の抗体技術は、自社創製品に適用される基盤技術として、私たちの創薬を支えています。実際に上市された複数の自社創製品に活用され、その競争優位性の源泉となっているものもあります。

さらに、世界の医療と人々の健康に貢献することを目指して、このような優れた独自技術を自社だけで独占利用するのではなく、競合しない領域においては積極的に第三者へ技術導出を行っています。知的財産組織と研究開発部門や事業部門が密接に連携し、導出先のパートナー企業がその技術を円滑かつ最大限に活用できるよう支援しています。

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知的財産権と保健医療へのアクセスに関する中外製薬の見解

中外製薬グループのミッションステートメントに掲げる存在意義(Mission)は「革新的な医薬品とサービスの提供を通じて新しい価値を創造し、世界の医療と人々の健康に貢献する」ことにあります。
わたしたちは、存在意義を実現する上で最も重要な判断基準として価値観(Core Values)を掲げ、これに沿って事業運営を行います。中外製薬グループはイノベーションの創出と、地球環境や人権などへの取り組みを通じた社会課題の解決によって持続可能な社会の実現に貢献していきます。
わたしたちは、堅牢な知的財産(IP)システムが、こうした社会全体の利益に資するイノベーションや社会課題の解決を促進すると考えていますが、それと同時に、公益に配慮して知的財産活動を行うこともまた重要であると考えています。この考えに基づき「知的財産権と保健医療へのアクセスに関する中外製薬グループの見解」を経営会議で定めました。

「知的財産権と保健医療へのアクセスに関する中外製薬グループの見解」の全文

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