AI活用によるバイオプロセス変革:データサイエンティストとバイオプロセス研究者との協働による挑戦

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インタビューイーの陳さんと谷端さんの写真

バイオプロセスは、生きた細胞や微生物を用いて有効成分を持つバイオ医薬品の原薬を生産する方法で、医薬品製造において極めて重要な役割を担っています。中外製薬は、AIを活用してこのバイオプロセス研究の大幅な効率化に挑戦し、革新的で高品質な医薬品をより迅速に患者さんにお届けすることを目指しています。

 

今回は、AIモデルを開発し、抗体医薬品のプロセス開発の変革に挑戦する2人の異なる専門性を持つサイエンティストに話をうかがいました。彼女らが語るAIの持つ可能性、将来の展望、そして共に挑戦する仲間について紹介します。

 

※中外製薬公式note(https://note.chugai-pharm.co.jp/)より転載。記載内容・所属は2025年4月時点のものです

異なる専門性を持つ2人のサイエンティスト

インタビューイーの2人が仕事している様子

谷端 私は抗体精製に関する専門性を持つ研究者として、新規抗体医薬品の精製プロセス設計や工業化研究を担当しています。医薬品の候補物質を原薬として製造するために、有効成分となる抗体を効率的に精製するプロセスを開発しています。最近では医薬品の承認申請に向けた後期開発品のバリデーション試験も担当しています。

 

 私はデータサイエンティストとして、抗体製造に関わるプロセス設計の効率化や開発の加速のためのモデリング技術を開発しています。前職からの専門であるバイオプロセス開発とデータサイエンスを活用し、品質やプロセス条件の予測技術の開発を行っています。また、抗体の精製に関するデータベース構築やデータ解析、データ可視化のためのアプリ開発も行っています。

プロセス開発におけるAI活用の可能性

谷端 一般的なバイオプロセス開発では、細胞培養や細胞の分離、有効成分である抗体の精製や濃縮など、複数の工程それぞれについて実験による試行錯誤を行いながらプロセスの条件を決めていきます。この過程には精製工程だけで2-3か月以上かかることもあり、実験サンプルの準備にはコストや時間を要します。
AIを活用し適切な製法を予測できれば、新規抗体医薬品の製造プロセスを設計するために必要な実験にかかる期間やリソースを大幅に削減できる可能性があります。

一例として、有効成分の濃縮工程であるUF/DF(限外ろ過/透析ろ過)工程にAIを適用した事例では※)、プロセス設計にかかる開発スピードが大幅に向上するとともに、実験回数の削減による省力化(開発期間として約30%の短縮)が実現し、研究者の業務負担を軽減できることがわかりました。

これにより、より早く効率的に新規抗体医薬品の精製プロセスを設計することができ、複数の抗体医薬品を並行して開発できるようになり、パイプライン全体の生産性向上と開発期間の短縮が実現できます。

 

※)https://doi.org/10.1002/biot.202400212
Chen CS, Ujiie S, Tanibata R, Kawase T, Kobayashi S. Explainable Machine Learning Models to Predict Gibbs–Donnan Effect During Ultrafiltration and Diafiltration of High-Concentration Monoclonal Antibody Formulations. Biotechnol J. 2024 Oct 9;e2400212. doi:10.1002/biot.202400212.

 

 データサイエンティストとしての立場から、一般的にバイオプロセスにおけるAI活用には3つの可能性があると考えています。

1つ目は、品質予測です。谷端さんがおっしゃったUF/DF工程の例がこれにあたり、AI モデルによる品質予測で、ウェット実験を削減することができます。

2つ目は、製法予測。どんな精製条件で、どれくらいのpHのバッファーなどを使うと最も不純物が分離できるのかという最適な精製条件を、実験ではなくモデルから予測することができます。これにより、従来の実験アプローチでは発見できなかった最適条件の特定や、さらには開発期間の短縮が可能になります。

3つ目は、リアルタイムモニタリングと制御です。将来的に、PAT技術(Process Analytical Technology:プロセス解析技術)で収集したデータとモデルを組み合わせることで製品品質のリアルタイム予測やプロセス制御を行うことも可能になります。リアルタイムデータの分析と即時対応が可能になれば、プロセスの高度化が飛躍的に進み、より精密な品質管理が可能になります。例えば、品質の異常トレンド検知による不良品発生の防止や生産効率の向上などが期待できます。このような、モデル&シミュレーション技術を活用することによって現実世界を仮想空間上に再現する技術は、デジタルツイン(Digital Twin)と言われ、今後数年間でかなり現実的になると予想しており、バイオプロセスを大きく変革する可能性を秘めています。

AI活用の鍵:モデルの信頼性と異なる専門性の融合

 後期開発を視野に入れたモデリングには、「説明可能なAI(Explainable AI)」と、「信頼できるAI(Trustworthy AI)」が不可欠です。

説明可能なAIとは、AIの専門家でない方にも、モデルがどのようにして結果を導き出したかを説明することができるAIのことです。
一方、信頼できるAIは、モデルの説明性に加えて、予測結果の論理性やバイアスが存在していないかなども含めた信頼性が担保されたAIを指します。
論文のケースでは、 AIの判断プロセスをより理解しやすい形で示すために、SHAP(SHapley Additive exPlanations)という手法を用いて各データの特性の寄与度を定量的に評価し、予測結果に対する影響度を可視化しました。

 

谷端 プロセス開発では、モデルの適用に限らず新しい手法を使う際には得られたデータの信頼性が非常に重要です。今回モデルを適用するにあたり、データサイエンティストがTrustworthy AIであることを証明し、実際に対象となった実験適用して予想通りの結果が得られたことで、信頼性が確認されました。

 

 モデルの信頼性と同様に、AIをプロジェクトに適用する際には、異なる専門性を持つ担当者同士のコミュニケーションも重要です。抗体の分離・精製の原理に関する高い専門性を持つバイオプロセス研究者と協働し、プロセスや予測の要件を正確に把握することで、モデルの価値を最大限に発揮できるだけでなく、予測結果から医薬品の品質に影響を及ぼす現象を解釈し、新たな知見を生み出すことも可能になります。このように、異なる専門性を融合させることにより、AIは単なる予測ツールとしてだけではなく、科学的発見のパートナーとしての役割も果たすことができるのです。

 

谷端 AIモデルをビジネスに適用する際の部内の合意形成においても、コミュニケーションが重要だと感じました。これまで実験を通じて確立してきた精製条件をAIモデルで代替すると聞くと、抵抗を感じる方もいます。単にAIモデルの精度を説明するだけでなく、具体的な例として過去検体の予測結果と、実際の実験データの比較を提示するなどして納得いただき、信頼を獲得していくことができるのだと感じています。

専門性や業務が異なっていても、「バイオプロセスを革新し、自社が創製した革新的で高品質な医薬品を、より早く患者さんに届けたい」という同じ目標に向かって挑戦している仲間であることが、相互理解を深め、コミュニケーションを促進しているのだと思います。

実用化への課題と展望

谷端 次の課題は、上市に向けた承認申請で当局に受け入れられるモデルの開発です。中外製薬では、まだAIモデルを使ったプロセスバリデーションデータを用いて申請を行った経験がないので、それが私たちの次の挑戦です。

 

 より精度の高いモデルを構築するためのデータの収集が課題です。論文のケースでは既存のデータがあまり多くなかったので、データの前処理を工夫してモデルを構築しました。新たな抗体の精製プロセスが開発されるたびに、既存のデータと新たに収集したデータを組み合わせ、モデルをバージョンアップしていく予定です。これにより、モデルの予測精度を継続的に向上させ、より広範囲に対応できるようにしていきます。

ともに挑戦する仲間へのメッセージ

 バイオプロセスの革新にともに挑戦する仲間を募集しています。データサイエンスとプロセス開発の両方の知識を持つ方はもちろん、どちらか一方の専門性を持つ方も歓迎しています。私たちの部門には、社内プログラムを活用して、バイオプロセスに従事するサイエンティストがデータサイエンスに関するスキルを学ぶ機会が用意されています。
新しいチャレンジが好きで、異なる領域の知識を積極的に勉強して実際の業務に活用して価値を出したい方にはぴったりの環境です。

 

谷端 入社する方は、最初からバイオプロセスに詳しい人ばかりではありません。精製の経験がない方が実務を通じて勉強し、高い専門性を身に付けることが可能です。陳さんが言うように、新しいことを楽しみながら受け入れられる好奇心や柔軟性が重要です。過去の慣習にとらわれず、変化を前向きにとらえ楽しむ姿勢を持つ方と一緒に働きたいです。

 

 中外製薬は社員の成長と挑戦を大切にする企業文化があります。また、ウェット、ドライ共に最先端の実験環境が整備されており、研究者の能力を最大限に発揮できる基盤が提供されています。私たちと一緒に、医薬品の未来を切り拓く挑戦に参加したい方を心からお待ちしています。

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