●学生時代
- 大学院で環境学を専攻し、修士課程を修了。
●1年目
- 外資系化学メーカーの日本法人に入社。欧州の本社研究所でポリマー流体に関する研究に従事。3年目からは日本国内で新たに立ち上げた受託合成ビジネスの事業開発を担当。
●9年目
- 中外製薬に転職。CMO(医薬品製造受託機関)のマネジメントや契約管理などを担当。
●11年目
- 米国ジェネンテック社に出向。北米での製剤CMOのプロジェクトマネジメントや委託先選定などを経験。
●12年目~現在
- CMC開発部に異動し、開発プロジェクトの製薬機能のリーダーを務める。途中7か月間、産休・育休を取得。
前職ではビジネスディベロップメントに奮闘。
当時、鈴木が取り組んでいたのは、受託合成の事業を日本で拡大するとともに、スキームそのものを創り上げいくことだ。顧客となる製薬企業を自ら開拓し、サプライチェーンも一から構築。大いにやりがいを感じていたものの、事業が軌道に乗るにつれて、さらに新たなことに挑戦してみたいという気持ちがわいてきたという。「その事業には6年ほど関わりましたが、できることはやり切った感があり、新たなフィールドで自らを成長させたいと思うようになっていました。そんなタイミングでこの事業が売却されることになり、当時おつきあいのあった中外製薬で、これまでの自身の経験を生かせるポジションがあることを知ったのです。社会貢献度の高い製薬業界に携わることに意義を感じていましたし、このチャンスを自分の新しいチャレンジにつなげたいと、中外製薬への転職を決意しました。」
米国での悪戦苦闘の日々が、私を成長させた。
入社後、鈴木がまず担当することになったのは、中外製薬が取引するCMOをマネジメントする業務だった。「前職でおつきあいしていた相手側のポジションを務めることになりました。以前の経験からCMO側の事情はよく理解できていたため、契約交渉などもスムーズに運ぶことができ、それほどギャップを感じることなく力を発揮できたように思います。」2年間この業務に携わった後、鈴木は米国のジェネンテック社に出向することになる。「上司からオファーをいただき、ぜひ赴任させてほしいと希望。ジェネンテックでも医薬品製造を委託している現地のCMOのマネジメントを担うことになりましたが、より深くCMOの業務に入り込んで管理する仕事であり、私にとっては学びの連続でした。
担当したのはバイオ医薬品のCMOであり、マネジメントする上ではバイオ医薬品の製造に通じておく必要がある。しかし、鈴木の専門は化学工学であり、バイオに関する知識はほとんど持ち合わせていなかった。「とにかくバイオ医薬品を勉強することからスタートしました。上司のサポートを得て、赴任先の工場で数週間作業員にくっついて現場を見て学べるようにアレンジしてもらったり、外部の勉強会に参加させてもらったりしました。また、製造を委託していたCMOで規定のプロセスから逸脱する等のトラブルが発生する度に議論をし、数多くの報告書を読み込んで、原因究明が不十分なところを指摘したり、再発防止策を提案したりしました。出荷までに逸脱報告書を締めないといけなく、毎回両社共に時間に追われての対応で大変だったものの、プロセスや品質管理についての理解を深めることができ、個人的には良い経験を得たと思っています。」そして1年間の出向から戻った後、現在はバイオ医薬品の開発プロジェクトにおいてCMCチームをリードとするポジションを務めている。
子供を抱えても、管理職に昇格できる。
中外製薬はキャリア入社者にも、また男性女性分け隔てなく新しいことに挑戦してキャリアアップできる機会を積極的に与えてくれると鈴木は言う。「中外製薬に転職するまで、バイオ医薬品に関する知見などまったくなかった私が、いまこうしてバイオ医薬品開発プロジェクトで重要な役割を任されています。もちろん、日々学ばなければならないことはたくさんあるのですが、新しい知識を吸収して自分の幅が広がっていくのが面白いと感じています。また、私はいまのポジションに就いてから子供をもうけましたが、育休から復帰して1年も経たないうちに管理職に昇格することに。子供を抱えて時短勤務している私が、まさか管理職に登用されるとは思いも寄らず、あらためてフェアな企業だと実感しました。その期待に応えて、これから中外製薬でさらに自分を高めていきたいと考えています。」
※本記事の内容は取材当時のものです。