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休職後の復職をスムーズに!
働くための下地作り

監修:産業医科大学 産業生態科学研究所 産業精神保健学研究室教授
江口尚先生

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治療を受けながら仕事を続けたい、復職したいという思いを実現するために、どう準備したらいいのでしょうか。今回は産業医であり、治療と仕事の両立支援について厚労省のガイドライン作成にも関わっておられる江口尚先生(産業医科大学 産業生態科学研究所 産業精神保健学研究室教授)にご登場いただきます。患者さん側、医療提供側、事業所側の各視点で、両立支援について多角的な研究を行っておられる江口先生に、当事者(本人)としてできること、周囲ができる環境作りなどについてお聞きします。

病気になったら「治療に専念」から「治療と仕事の両立」へ

近年では多くの病気について医療の環境が整い、症状によっては通院しながらでも治療を受け続けられるようになってきました。それとともに、病気とつきあいながらどう生きるか、QOL(生活の質)が重要になっています。社会参加や生きがいの追及、経済的な理由という両面から、治療と仕事を両立させたいと考える人は増えています。
海外では、復職と病気の予後との関連についての報告もあります。例えば、台湾の7年にわたる研究では、がん患者において、復職している人が復職していない人よりも予後が良いという結果でした

Wei-Liang Chen, Yuan-Yuei Chen, Wei-Te Wu, Ching-Liang Ho & Chung-Ching Wang (2021). Life expectancy estimations and determinants of return to work among cancer survivors over a 7-year period.(別ウィンドウで開く)
2023年9月5日参照

復職に向けて患者さん自身が意識、準備すること

復職をスムーズにすすめるために、患者さんが自分でできる準備や心構えについてお伝えします。

●「できないこと」でなく「できること」に目を向ける

どんな方にもおすすめしたいのは「自分ができることは何か」に着目することです。ともすると、人は「失ったもの」にばかり目が行きがち。病気になるとなおさら、できなくなったことばかりを過剰にとらえてしまいます。
しかし、実際には、病気により失うのはほんの一部の能力であり、「今この時点で、できないことは何なのか」を考えると、そう多くはない場合がほとんどです。
まずは、今、自分が以前と変わらずにできることを挙げてみましょう。そうすることで、その力を発揮するためにどのような配慮を周囲に求めたらいいか、明確になっていきます。

●自分の「今」や「思い」を正しく伝える「説明力」を育てよう

職場に対して配慮や支援を求めていくときに必要なのが、状況を言語化して相手にちゃんと伝えられる「説明力」です。
例えば、「手の震えがある」というとき。それが仕事にどう影響するかは業務内容によって変わるため、上司や同僚に「察してほしい」とするのは無理があります。そこで、仕事中に起こる状況をイメージして、相手(上司や職場の同僚)に伝えておくのです。

職場に対してうまく言語化して説明できないと、必要な配慮に対する理解がなかなか得られず、要望が通りにくくなることもあります。自分が仕事における能力を発揮するために必要で、かつ、職場が実施できる適切な配慮を受けるには、伝え方が大切です。この言語化能力が十分にあり、自分の症状やどんな配慮を受けたいかをきちんと説明できる人は、復職がスムーズにすすむと思います。

復職や仕事と治療の両立に向けて、フレックスタイムや時短、在宅勤務など、社内制度が整った会社も増えてきました。こうした制度をうまく利用するにも、説明力は必要です。
また、復職後にペースを上げすぎて体調を崩してしまうこともあるでしょう。そんなとき、「自分は今、何をどこまでできるか」を担当医に確認しながら、周囲にうまく伝えていくことも重要です。

自分の「今」を言語化するヒントとして

病気の状態や仕事への影響を整理し、言葉にしていくために、頭の中をどう整理していったらいいのでしょうか。一つの参考として「仕事と治療の両立 お役立ちノート〈難病編〉」(2018年度厚生労働行政推進調査事業補助金 難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)【難病患者の総合的支援体制に関する研究】班)という冊子があります。ワークブック形式なので、自分で考えをまとめたい人には向いています。また、支援者や家族と一緒に利用して考えることにも使えます。

「仕事と治療の両立 お役立ちノート〈難病編〉」PDF(別ウィンドウで開く)

職場や家族などの「周囲」ができること

患者さんを見守る家族、ともに働く職場の人にはどんな配慮が求められるでしょうか。

●「できること探し」の視点を大切に

「できることに目を向ける」は、ご家族や職場の方にもお伝えしていることです。病気の報告を受けたとき、インターネットで情報を得ようとすると、「生活にどんな支障が起こるか」、「進行するとどうなるか」など、大変な状況ばかりが出てきます。そのような情報を目にすると、つい「できないこと」ばかりを想定してしまいます。
しかし冷静になって考えれば、その人はつい先日まで普通に仕事をして、能力を発揮していました。復職して、病気のためにできないこともあるかもしれませんが、それは一部です。職場では、まず本人からよく話を聞いて、「今、何ができるか」を評価すること。そこから職場でできる配慮を考え、復職支援を始めてほしいのです。

家族は率先して「できること探し」をしてください。身近な存在だからこそ家族はつい「できなくなったこと」ばかり目についてしまいます。その視点を切り替え、「今、できることは何か」を本人に確認してあげてください。そうして、「どのように働きたいか」を家族で積極的に話題にしていくことで、患者さん本人の「説明力」も上がっていきます。

●忖度した行動をとらない

周囲の人がついやりがちなのが、「こうしてあげたらいいだろう」という忖度した行動です。意外と間違っていることも多く、「大変そうだから」とあれこれ配慮した結果、「治療をしながらも力を発揮したい」という本人の思いと行き違うこともあります。また、こうした過剰な配慮は職場の負担にもなりがちで、逆に本人が仕事を続けにくくなってしまいます。できるだけ本人の意向を確認するように努めましょう。

社内制度を把握し、相談先をたくさん持とう

復職に際して不安があったり、制度上の問題を感じたりしたとき、一人で悩まないためにも信頼できる相談先を持っておきましょう。
インターネット上で情報を得るなら、厚生労働省の復職支援ポータルサイトや製薬会社の患者向けコンテンツなど、根拠の明確な情報を参考にしてください。

とはいえ、治療と仕事の両立は、とても個別性の高い問題です。病気の状態、家族や経済の問題、職場の状況など、一人ひとりに違った事情があります。また、自分にどんな両立が合っているか、動き始めてからわかることもあるでしょう。そこで、自分に合ったアドバイスを個別にもらえるような相談先を持つことも大切です。

例えば、医療機関の相談窓口ではソーシャルワーカーに相談できます。地域の難病相談支援センターや産業保健総合支援センターに行き、両立支援コーディネーターなどの相談スタッフと話をするのもいいでしょう。
患者会ではオンライン上や対面で活動を行っているところが多く、同じ悩みを持つ人がどう解決してきたかを聞くことも参考になります。患者会については、医療機関の相談窓口から情報を得ることができます。一人で抱え込まず、いろいろな人や機関に相談しながら、自分に合った方法を見つけていってください。

私がみてきた事例では、相談先を多く持っている人は、復職後もうまく仕事を続けている割合が多い印象です。

働き方には、その人なりの人生観が反映されます。仕事と生活のバランスは人によってさまざまなので、すべての人にあてはまる方法はありません。仕事より家族との時間や余暇を大切にするという考え方も、もちろん尊重されるでしょう。

復職のタイミングや治療と仕事の両立について考えることは、その人のセカンドステージ、サードステージにつながることかもしれません。周囲に相談できる仲間や支援者を増やし、体調に合ったペースで治療と仕事の両立を考えていきましょう。

参考リンクはこちら
産業医科大学産業生態科学研究所 教授
江口 尚(えぐち ひさし)先生

産業医科大学医学部卒業後、福岡徳洲会病院で医師となる。産業医科大学 産業生態科学研究所・産業保健経済学研究室専門修練医を経て、2020年7月に同大学産業生態科学研究所・産業精神保健学研究室の教授に就任。職場の心理社会的要因と労働者の健康、小規模事業場のメンタルヘルス、治療と仕事の両立支援、難病患者の就労支援、障害のある方の産業保健などをテーマに研究を行う。

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