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病を抱える我が子の「自立」、
どう考える?

監修:NPO法人ハートフルコミュニケーション代表理事 菅原裕子さん

  • オリジナルコラム
  • 中高生
  • 子育て

思春期の子どもが学校を卒業し、社会へと巣立つ時期は、そう遠くはありません。しかし、病を抱える子どもを持つ親にとっては「我が子に無理をさせたくない」というのが本音。新しい世界へチャレンジしようとする子どもに親が抵抗を感じ、ストッパーになってしまう傾向も少なからずあるようです。病と向き合っている現実を踏まえた上で、子どもの自立についてどう考え、何を大事にするべきか。コーチングの専門家であり、25年以上に渡って子どもの幸せな自立を目指す子育てを提案してきた菅原裕子さんに伺いました。

子の背中を押したくても押せない、親の葛藤は当然のこと

私たちが提唱する「ハートフルコミュニケーション」(子どもの幸せな自立を目指す子育ての考え方)を学んでいる仲間たちには、お子さんが病を抱える方や障害を抱える方も多くいらっしゃいます。「大丈夫。これで子どもの自立のサポートができそうだ」と胸を張って帰った翌日に、お子さんにアクシデントが起きてしまい、自立どころではないと落ち込んでしまったという話も伺いました。

我が子に病や障害があるとわかった時点で、親の願いは「生きていてほしい」ということではないでしょうか。誰よりも大きな愛情を持っているからこそ、病を抱える子どもの手を離し、自立への道を支えることは容易なことではなく、恐怖すら覚えるのではないかと思います。
しかし、子どもの立場からしたらどうでしょうか。子どもが大人へと成長する環境を整えるのは、親の役目です。その親が、「やってみなさい」「でも無理しないで」と常に葛藤を抱えていたら、子どもはやりたいことをやろうといざ社会に飛び込んでいけるのか、とても難しい問題ですよね。親の葛藤を汲みながらこれまで生きてきた子どもであれば、チャレンジしたくてもできず、そしてそんな自分に傷ついたりすることもあると思うのです。

「生きる力」を伸ばして「自立」させるために、親ができる3つのこと

病を抱える我が子の自立を支えていくことは、簡単ではない。それを受け止めた上でもなお、自立させられるのは親しかいない、と強くお伝えします。大きな愛情を持っている親だからこそ、自立に際しての辛さや恐怖を克服することができるからです。どんなお子さんにも、いつかひとりで生きていかねばならないときがやってきます。できる限り、我が子が自分で幸せに生きていけるような環境を整えていけたらいいですね。

ちなみに、ここでいう「自立」とは、社会に出て給料を稼いで自活できることだけを指しているのではありません。「生きる力」そのものを高めて発揮していくことだと、私は考えています。「生きる力」とは、「自ら学んで考え、主体的に判断・行動し、よりよく問題を解決する能力」のことです。

それでは、「生きる力」を子どもから引き出すために、親はどんなことを教えたらいいでしょうか。「ハートフルコミュニケーション」では、3つのことを大切に考えています。

●愛することで子どもの自己肯定感を育もう

まずは、「愛すること」。自分には生きる価値があり、生きているだけでまわりの人を喜ばせ、幸せにできる存在であるということを教えるのです。それが子どもの自己肯定感を育みます。

●子どもが自ら反応し対処する、責任を学ぶ環境を与えよう

2つ目は、自分の行動によって何が起こるのか、起きたことに対して状況がどのように変化するのか、という「責任」を教えること。自ら反応して動く力を育めば、賢い子に育ちます。肉体的にも精神的にも反応できる力は、何かが起きたときの思考能力や運動能力にも関わるからです。

例えば、子どもが水をこぼしたら、たいていは「もう!」と言いながら親が拭くでしょう。でも、「こぼれちゃったね」と親が笑って待っていれば、子どもはどうするでしょうか? 以前の講演で、あるお母さんが返答に困っていたところ、膝の上の2歳8ヵ月の子が「僕が拭く」と言ったのです。このように、小さな子どもでも自ら考え、行動に移せます。親が普段からやっていることを見ているので、教えていないことでも意外とできるものなのです。

何かが起きたとき、自分で「反応」することで学ぶのが「責任」ですから、親が先に手を出せば、学ぶ機会を失います。そこに深く関わるのが、人間の母性と父性です。ジェンダーに関わらず、人には母性と父性の両方が備わっています。我が子のことは無条件にやってあげたくなるのが、母性。先ほどの「愛すること」を教えるのは、まさにこの母性からです。それに対して、子どもと距離を保ち「自分でやってごらん」と諭し、「責任」を教えるのが、父性です。

母性が強すぎる場合、ましてや、お子さんが病を抱えていたら、今、何ができて何ができないのか、今後の病状を予想することも難しく、助けの手を止めることは至難の業でしょう。ただひたすら、その子の現状にあった責任を教えていく以外にないと思います。心配しすぎず、子どもがそのときにやりたいことがありそうだと察知したら、ぜひ自分の手でやらせてみてください。

●子どもの好きなことを掘り下げて人の役に立つ力を育もう

3つ目は、「人の役に立つ喜び」です。病を抱えている子どもも含め、元来すべての人には人の役に立ちたいという欲求があります。

我が子の病が重いほど、親は今を生き延びさせることに注力すると思いますが、それが一旦落ち着いたら、どんな部分をどのように育てていけば社会貢献ができるようになるのか、考えてみませんか? 我が子の未来像と今の姿を結んで、子どもの好きなことや特技を見つけ、それを意識的に伸ばすことが大切です。

ある方の息子さんは、4歳で自閉症と診断を受け、25歳の今、ある企業の包装を専門とする特例子会社に勤めています。小さいころから一つの作業を繰り返しすること、特にシール貼りが好きで、お母さんはたくさんシールを買って遊ばせていました。それが大いに役立ったようで、彼は今の仕事が大好きだそうです。包装のシールを誰よりも所定の位置にきれいに貼ることができて、それが認められて、後輩に技術を教えたり、技能コンテストに出たりするまでになりました。

たとえ特別なことでなくても、子どもの好きなことをよく観察し、必要なものや情報を与え、とことんやらせてあげることで力がぐんと伸びた例ですね。親は、“そんなことをやっても意味がない”と考えてしまいがちですが、本人が楽しくできることが将来につながることはよくあります。彼のお母さんの計画では、あと何年かで家を出てシェアハウスで暮らし始め、もうひとつ続けてきたデザインでも収入を得られるようにできたら、とのこと。親は手を出したり、押し付けたりするのではなく、「環境」として見守ることが大事ですね。

※「特例子会社」:障害者の雇用の促進及び安定を図るために、特別の配慮をした子会社のこと
NPO法人ハートフルコミュニケーション代表理事
菅原 裕子(すがはら ゆうこ)さん

人材開発コンサルタントとして、企業の人材育成の仕事に携わる。1995年、企業の人育てと自分自身の子育てという2つの経験をもとに、子どもが自分らしく生きることを援助したい大人のためのプログラム「ハートフルコミュニケーション」を開発。全国の学校やPTA、地方自治体などで講演やワークショップを行い、好評を得る。2006年、NPO法人ハートフルコミュニケーションを設立。『子どもの心のコーチング−一人で考え、一人でできる子の育て方』『10代の子どもの心のコーチング−思春期の子をもつ親がすべきこと』(PHP研究所)などの主な著書はシリーズで100万部を超えている。

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