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仕事と治療を両立
ウェルビーイングを叶える働き方

監修:国家資格キャリアコンサルティング技能士1級 服部 文さん

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医療や社会のあり方が変化する中で今、「病気と上手に付き合いながら働き続ける」選択肢が増えています。そこで大切に考えたいのが、病気とともに、いかに自分らしく働くかということ。社会とつながりながら、よりよく自分を生きる「ウェルビーイング」を実現するためには、どのような一歩を踏み出せばよいのでしょうか。国家資格キャリアコンサルティング技能士1級として、仕事と治療の両立支援を行う服部 文さんに、そのヒントを教えていただきました。

※ウェルビーイング(Well-being)とは:個人の権利や自己実現が保障され、身体的にも、精神的にも、そして社会的にも良好な状態にあることを意味する概念。「幸福」「健康」と翻訳されることもあります。

自分を社会にどう生かすか、これからの働き方を考える

先日、筋力低下を伴う難病を抱える方からこんなご相談がありました。
「部署の業績もいいし、稼ぎ頭の部下もいるから、心配しなくていいよ」と負荷の軽い仕事に回されたけれど、単純作業の繰り返しでやりがいを持てないし、まるで自分の働きが期待されていないように思えてきて、次第に毎日の出社がつらくなってきたそうです。

病気への配慮としての会社側の対応によって、逆に自分が苦しむことがあります。それは、働くことは単に収入を得るためだけではなく、日ごろは意識していなくても、実は社会とつながり社会に貢献する手段にもなっているからです。仕事をする上で、日々大変なことはあるでしょう。でも、だからこそ全力で取り組んだ仕事によって得られる手応えや満足感は、ほかに代えがたいものとして記憶されるのです。働くことを通じて、自分自身の存在が承認され、さらなる目的の達成や自己の成長を求める原動力にもなるのではないでしょうか。

病気を抱え今までと同じように働けないことに悩んだとき、つい「仕事を失わないためにはどうすればいいか」ということばかりに気を取られ、「これからの人生において、どのように社会と関わっていきたいか」という視点を忘れがちです。働くことは、人生のウェルビーイングに大きく関わってくるということを、会社も自分も十分に意識しておくことが大切です。それによって労使における思惑の違い、働き方のミスマッチが起こらないようにしていきたいものです。誰だって意欲をもって前向きに取り組めた方が、仕事の生産性も上がります。今までと同じように働けないからこそ、「自分の能力をどう生かすか」について丁寧に考えていく必要性が増すのです。

自己分析や他者との対話から、自分を知ろう

ウェルビーイングを叶える働き方は、どのように考えていけばよいのでしょう。

それには、病気とともに生きる自分自身をよく理解して、自分にとってよりよい人生とは何か、どんなふうに社会と関わっていきたいか、しっかりと向き合うことが大切です。なぜなら、病気になったことが自分の人生にとってどんな影響があり、これからどうしていきたいと考えるかは、人によってさまざまで唯一の正答がないからです。
会社側だって、突然「病気になりましたが、これからどうしましょう」と対応を委ねられても、困ってしまいます。必ずしも思うようにはいかなくても、少なくとも自分はこのように生きていきたい、働いていきたいという意思を持ち、それに近づけていくための働きかけをしていきたいものです。

そんなとき、最初に出くわすハードルは、その意思を明確にしていくことにあるかもしれません。病気の診断を受け、これまでとは異なる体調を抱えて生きていくのは大変なことです。病気の事実や今後の変化がなかなか受け入れられないということは、誰にでも訪れる自然な感情です。一足飛びにその後の人生のイメージなんて描けないということがほとんどだと思います。

●まずは複雑な感情をすべて、アウトプットすることから始めましょう

信頼できる身近な人、もしくは深く話ができる第三者(相談支援機関については次の項でお話しします)と対話したり、ノートに書き出したりするとよいでしょう。怒りや悲しみや苦しみなどのネガティブな感情を表すことにためらいを感じるかもしれませんが、自分で自分の感情を認めてあげるという工程を飛ばさず、丁寧に向き合うことが大切です。つらい感情と向き合うことを避けたまま、現実的な対応を優先してしまうことで、何よりも大切なあなた自身の気持ちが置き去りになり、結果的に望まぬ未来を選択してしまうことになりかねません。
最初はなかなか言葉にしがたいかもしれませんが、なるべくたくさんの感情を言葉にしてみてください。同じ経験の中でもネガ・ポジ両面の気持ちが絡み合うことに気づくかもしれません。つらいときに身近な人が寄りそってくれた温かな思いや、信頼できる医療従事者に出会えた喜びなど、ポジティブな感情が表れることもあり、そのどれもが大切なあなた自身の気持ちです。ありのままの感情を受けとめてあげてください。

●次に、仕事に関する自己理解を進めます

一般的な就職活動でも自己分析、自己理解は欠かせませんが、体調に伴って働き方を変えるときにも、やはり不可欠な工程です。いまの職務のままで続けることが難しいと感じたならば、どんなことがどの程度、職務を遂行する能力に影響しているのかを把握する必要があります。
冒頭の事例のように、労使で働き方のミスマッチを起こして苦しくなるようなことを防ぐためにも、まずは自分で自分を正しく理解しましょう。どんな変化があったのか、何ができて何ができないのか、これからの働き方にどんな配慮がほしいのか、難しい職務がある代わりに何が担えるのか、具体的に考える手掛かりをつくっていきましょう。
自分自身と向き合うために、活用できるツールとして、私が監修を務めた「病気の治療とともに働く人のためのワークブック(別ウィンドウで開く)」があります。さまざまな設問に答えることで、自己理解に役立てることができますので、ぜひご活用ください。

中長期的に体調が大きく変わり、大幅に職務が制限される可能性が予測されることもあります。状況に応じて、障害年金などの社会保障によってベースとなる収入を確保し、それを補う働き方に転換することも考えられます。これからの生き方、働き方を支えるさまざまな方策があります。会社側がそうした手段を知らないこともありますから、相談支援機関から有用な情報を得て提案するなど、ウェルビーイングを叶える生き方の実現に役立てていただきたいと思います。

両立を伴走してくれる相談支援機関とは?

これからの病気や治療との付き合い方、よりよい仕事や日常生活について、誰かに相談したい、意見を聞いてみたいと思ったときの相談先を紹介します。

●難病相談支援センター

難病の場合にぜひおすすめしたいのが、各都道府県に設置されている「難病相談支援センター(別ウィンドウで開く)」です。運営を担っている機関は地域によって異なり、自治体や医師会、地域の難病患者会をまとめる団体などがあります。難病は特に日常生活に密着した悩みが多く、就労のことから専門医による個別相談、疾患ごとの患者会情報の提供、公的な手続きや便利な福祉グッズの紹介など、幅広い内容の相談ができ、多岐にわたる情報を入手できるため、つながりを持っておくと何かと心強いと思います。

●患者会

また、患者会で経験を語り合うことも大いに力になります。同じ疾患や症状によるつらさを理解し合える安心感のなかで、困った時のひと工夫が聞けたり、対処の仕方を学んだりすることができます。当事者同士のあるある話は、実体験に裏付けられているのでとても有意義です。

働くうえでは、どうしても気を張り続ける場面も出てくると思います。どこかでホッと力を抜いて本音で話せる場をつくってください。相性もあると思います。いくつもの支援機関や患者会などを当たって、安心できる場を手に入れてください。いまは気軽にSNSやWeb会議システムを利用して、全国の人とつながることも可能です。

日々の暮らしの中では、ふとした拍子にストンと気持ちが落ち込んでしまうようなことも出てくるでしょう。ずっと病気と向き合う現実に閉塞感を覚えたり、前にできていたことがうまくいかずにショックを受けたりと、不意に気持ちが揺らぐ瞬間が訪れることがあります。弱音を吐いたり、愚痴をこぼしたり、もどかしい気持ちをぶつけたりと、つらさを表出できる場がある安心感が、あなたを強く支えてくれると思います。

「負荷を取り除く」から「役立つことを構築する」へ
シフトする

病気にはさまざまな種類がありますが、難病の特徴としては、つらい症状を和らげながら、なるべく今以上に悪化しないことを目指す治療が主であることが挙げられます。長期的に変化し続ける体調と折り合っていこうとする日々の中で、その変化の説明がしづらく、周囲の人と働き方に対する共通認識を持つことの難しさが出てきます。

最近では、仕事と治療の両立支援を制度として整える企業も出てきました。しかし、多岐にわたる病気の特性の一つひとつを会社が理解しているわけではありませんし、病気とともに今後どのように働いていきたいかという社員一人ひとりの考えを把握できるはずもありません。それで冒頭の事例のように、会社としてはよかれと思った配慮が、本人にとってのつらさに変わってしまうことにもなるのです。いわば、困りごとと配慮のミスマッチです。

このとき相談者の方は、「一年前の自分と今日の自分は明らかに違う。でも、ひと月前の自分と今日の自分の何が違うかを説明することはとても難しい」と言いました。ひと月前にできていたことに困難を生じているが、その変化をどのように表現してよいかわからず、明確な要望にまで言語化できなかったのです。それには遠慮の気持ちも大きく働いていました。これまでも遂行が難しくなった職務を少しずつ外してもらって今に至っている。そこまで配慮してもらっているのにやりがいが感じられずに苦しいなんて、わがままでしかないですよね、と自嘲気味に言いました。

「どんなことでご自身を役立てたいのですか?」と尋ねました。すると、少し考えて「現場の経験を活かした仕組みをつくりたいのです」という答えが返ってきました。この人は自分のなかに答えを持っているのだと感じました。何度かのやり取りの末に、以前の配属では忙しくて手掛けられずにいたアイデアをまとめ、上司に提案してみることになりました。ひと月後、提案した内容の一部が認められ、今ある職務と並行して進めることになったと、明るい声で報告してくれました。

これまでは、できないことに応じて仕事の負荷を減らすという「引き算型」の調整でした。でも、それではどんどんやることがなくなり、いずれはこの会社でできる仕事はないよ、ということにつながります。必要なのは、経験や能力を活かした職務でキャリアを再構築する「足し算型」、「掛け算型」の考え方です。できないことを数えるより、できることを把握して組み合わせた方が職務の幅が広がり、会社への貢献度も上がります。

移ろいやすい体調を抱えるからこそ、職場との対話を増やして共通認識を持つことが大切です。やりがいを持って仕事に取り組む、ウェルビーイングを叶える一歩を踏み出してください。

一般社団法人
仕事と治療の両立支援ネット-ブリッジ 代表理事

服部 文(はっとり ふみ)さん

国家資格キャリアコンサルティング技能士1級。家族や自身の経験を踏まえ、2016年に名古屋で「一般社団法人 仕事と治療の両立支援ネット-ブリッジ」を設立。「病気になっても安心して暮らせる社会の実現」を活動理念に掲げ、キャリアカウンセラーが医療従事者、ピアサポーターなどと一体となり、有病者の就労支援活動を行う。そのほか、「がん就労を考える会」世話人なども務め、講演活動や学会発表など、発信にも力を入れる。著書に「治療と仕事の両立支援ハンドブック~従業員を辞めさせないためにできること~」(労働調査会)。

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