「SA237」は、中外製薬が独自の革新的なリサイクリング抗体技術を駆使して創製した、抗IL-6受容体抗体です。通常抗体は標的抗原に一度しか結合せず、その後消失しますが、リサイクリング抗体は繰り返し結合できるようにデザインされているため、抗体の血中濃度を維持でき、投与間隔の延長や少用量での効果が期待できます。
中外製薬では、本抗体技術を適用した「SA237」を創製し、基礎研究において想定どおり、少量の皮下投与でも薬効の持続性が確認できました。そこで、本格的な臨床開発をスタートさせたのです。
「革新的な抗体技術が適用された『SA237』が患者さんにもたらす価値と、将来の成長ドライバーとしての可能性を考えたとき、『SA237』のグローバル開発をどうしても行いたかった。私たちには、この画期的な未来の新薬を世界に届ける義務がある」と、ライフサイクルリーダー(現ライフサイクルストラテジーリーダー)である東が当時を述懐。そこから、「SA237」は、新たな挑戦の幕を開けることとなります。
2011年。国立精神・神経医療研究センターの山村先生らが発表した論文が「SA237」の運命を導きます。
視神経脊髄炎(NMO)は治療法が十分に確立されていない希少疾患で難病指定されています。患者さんにアクアポリン4(AQP4)というたんぱく質に対する抗体が高発現していることから、A Q P4抗体産生に不可欠なIL-6の機能を阻害すれば症状を改善できることを山村先生らが実証。
また、抗IL-6受容体抗体を投与する臨床研究も開始され、世界で初めて2013年に臨床での有用性を示すデータが報告されました。さらに同年、ドイツの2つの研究グループからもNMOの患者さんにIL-6のシグナル伝達阻害が有効だという報告が届きます。
以前から当社と中枢神経系領域で協力関係にあった山村先生に、東らのチームはコンタクトを深め、より付加価値の高い「SA237」をアンメットメディカルニーズがあるNMO治療に適用する可能性を検討。そして、世界中の患者さんに届けるべく、グローバル開発の舵を大きく切ることとなりました。
当時の中外製薬には、日・米・欧の3極での十分な開発経験はありませんでした。そのような中、チームは果敢にグローバルでの第Ⅲ相臨床試験実施に向けた検討に着手し、早速、試験プロトコール作成や実施体制構築のために奮闘しました。
当局への相談も、海外の子会社である中外ファーマ・ユー・エス・エー・インコーポレーテッド(CPUSA)や中外ファーマ・ヨーロッパ・リミテッド(CPE)と密接に連携しながら、緻密に準備を進めます。しかし、米国と欧州当局から異なる試験方法を指摘され、悩み抜いた末、両者の要求を満たす2つの治験を行うこととしました。
さらに、患者登録を推進するため、治験実施国を欧米以外にも拡大し、20カ国以上の国で実施することになりました。
2016年6月、中枢神経系領域を重点領域としているロシュと「SA237」のライセンス契約を締結しました。中外製薬主導のグローバル開発が一定の評価を得た瞬間と言えるでしょう。この海外導出により、世界の患者さんに「SA237」を届けられる道筋ができたわけです。
「SA237」のプロジェクトチームは、挑戦と苦労の連続の中で、貴重な経験を重ねてきました。このプロジェクトは、自社主導の国際共同治験の知見を深めただけでなく、欧米にとどまらない世界各国での治験実施を通じてグローバル開発そのものを直に理解する好機となったのです。
すでに、ここで得たナレッジは、社内でさまざまなビジネススキームの変革を引き起こし、中外製薬が目指すトランスレーショナルクリニカルリサーチの強化を加速させる原動力の一つにもなっています。また、海外導出を実現するためにはearly PoC段階で、ビジネス上の価値を客観的に説明することの重要性を再認識したことで、I B I 18では、創薬段階から医療上および経済上の価値証明に取り組むIDCP*4のプロセス強化に取り組んでいます。
さらに、「IL-6は、さまざまな病態に関連するとても重要なサイトカイン*5です。今後も「SA237」の適用症の検討は続けていきます」と東。チームは、すでに次のステージを見据えてグローバル開発を続けています。
今回のプロジェクトが山積する課題をクリアできたのは、どんな難局にあっても課題はクリアしていくもの、と前向きに立ち向かったからだと、東と山田(現ライフサイクルリーダー)は回顧しています。そして、それを支えたのは、世界中の患者さんにこの「SA237」を届けたいという信念でした。
視神経脊髄炎
視神経脊髄炎(NMO)は、重度の視神経炎と横断性脊髄炎を特徴とする、自己免疫性の中枢神経疾患です。発症率が10万人に0.3〜4.4人程度といわれ、多くの患者さんは再発を繰り返しながら、視力低下や歩行障害になり、慢性疼痛を伴います。日本では、視神経脊髄炎は多発性硬化症(MS)と同一視されてきましたが、2005年に抗アクアポリン4抗体が高発現することが確認され、その後抗IL-6受容体抗体が有効であることが分かりました。
リサイクリング抗体と「SA237」
「SA237」に適用している、中外製薬独自のリサイクリング抗体技術は、酸性条件下で抗体が抗原から解離するようにデザインされ、何度も抗原に結合できるため、大幅に長い血中滞留性と薬効持続性を示します。いまだ承認された治療薬がない視神経脊髄炎に対して、「SA237」は世界的に注目を集めています。
■ 膜型抗原(受容体など)に対する「リサイクリング抗体」の効果