Web3.0/メタバースでヘルスケア産業を革新する中外製薬の新たな挑戦

Web3.0やメタバースは、ヘルスケアの未来をどう変えるのか。このテーマに真正面から取り組む中外製薬は、昨年11月開催の「CHUGAI INNOVATION DAY 2022」においてさまざまな可能性を示唆し、大きな注目を集めた。代表取締役社長 最高経営責任者である奥田修氏と、上席執行役員デジタルトランスフォーメーションユニット長の志済聡子氏に、同社の描く未来図を聞く。
Web3.0/メタバースで変わるヘルスケアの未来
── 「CHUGAI INNOVATION DAY 2022*」では、「ヘルスケア・製薬産業におけるWeb3.0/メタバース活用の可能性」と題するPoV(Point of View)を発表されました。その意図と狙いを教えてください。
奥田修社長(以下、奥田):現在、ブロックチェーン技術に代表されるWeb3.0や、その受け皿の1つになるメタバースが大きく注目されています。ヘルスケア産業にとっても、これは業界全体で取り組んでいかなければならない重要な領域といえるでしょう。そのためには、多くのステークホルダーを巻き込んでいく必要があります。そこで当社のPoVを通じて、目指すヘルスケアの未来を皆さまに提唱させていただきました。おかげさまで、業界内外から数多くのお声がけをいただくなど、徐々に議論の幅が広がるとともに、深さが増してきています。今後も、ヘルスケア産業のトップイノベーターを目指して、さまざまな形で発信を続けてまいります。
*CHUGAI INNOVATION DAYとは:中外製薬が主催するオンラインカンファレンス。企業、アカデミア、行政のリーダーが、ヘルスケア領域の研究開発、DXをテーマに、トレンドとそれぞれの取り組みを紹介し、課題解決と共創の方向性について議論する。次回開催は、2023年11月16~17日。

志済聡子上席執行役員(以下、志済):私が統括するデジタルトランスフォーメーション(DX)ユニットでは、毎月1回、社員が自由にアイデアを提案する場を設けています。実は、今回のPoVもそこから生まれたもの。社内だけでなく、社外に向けて発信することで、普段リーチできないさまざまなコミュニティの方々に関心を持っていただけるきっかけになりました。PoVを発信することの意義をあらためて認識しましたね。
── Web3.0/メタバースの普及によって、世の中やヘルスケア産業はどう変わるのでしょうか。
奥田:Web3.0はインターネット黎明期のWeb1.0、SNSなどの双方向コミュニケーションが発展したWeb2.0に続く概念で、データが各システム/個人で分散管理され、特定の企業が用意したプラットフォームやツールに依存せずに個人が直接相互につながるということを意味しており、分散・非中央集権化による「“個”が主役になる世界」をもたらす概念だと考えています。それは「データの主権」「組織・コミュニティ」「価値創造の“空間”」の3つのあり方が変わる可能性があるということを意味します。この世界観を実現するための基礎技術はブロックチェーンであり、この技術をもとに、DAO(Decentralized Autonomous Organization)と呼ばれる分散型の自律組織や代替可能なトークン(FT: Fungible Token)/非代替トークン(NFT: Non-Fungible Token)などの仕組み・要素技術が生まれ、さまざまな業界での活用が始まっています。
志済:データの主権のあり方に関していうと、今までは主に企業や医療機関が管理していた患者さん個人の健康データなどがNFTで固有の識別番号を持った情報として保存され、Owned PHR(Personal Health Record)という形で個人が一元管理できる体制が整ってくると思います。これを患者さんが自らの意思で医療機関やヘルスケア企業に提供することで、最適な治療や投薬を受けられたり、的確な診断や症状の進行予測、治療コースの選択ができたりといった、高度な個別化医療の実現につながると考えています。
奥田:ただし、高度な個別化医療の実現には、まず医療ビッグデータを利活用できる体制の構築が不可欠です。それには個々人の意識変革が重要となります。つまり、データを提供することが個人のプライバシー侵害になるという考えではなく、自分自身や他者のメリットになるという意識を持つように変えていかなければならない。技術の進展と並行して、社会の合意形成も進めていく必要があるでしょう。
志済:一方、組織・コミュニティのあり方については、フラットな組織であるDAOに注目しています。患者DAOや医療関係者DAO、我々製薬企業を含めた研究者DAOなどが生まれることにより、特定の疾患や領域に関する意見交換や、組織の垣根を越えた共同研究も行えるようになります。その活動の場・共有の場として、メタバースが活用されるシーンも増えていくでしょう。また、メタバースのような三次元仮想空間技術は、研究開発や製造のデジタルツインなどへの応用も期待されています。

アニメーション「中外製薬が描くヘルスケア×Web3.0 の未来」
本アニメーションでは、Web3.0によってヘルスケアがどのように変わっていくのか、どのようにして人々の健康と幸せに貢献していくかを分かりやすく描いています。
中外製薬の取り組みに見る「Web3.0×ヘルスケア」の展開例
── 目指す「Web3.0×ヘルスケア」の世界観をお聞かせください。
奥田:当社では、成長戦略「TOP I 2030」のキードライバーの1つであるDXを推進する上で、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を掲げています。その3本柱となるのが、「デジタル基盤の強化」「すべてのバリューチェーン効率化」「デジタルを活用した革新的な新薬創出」。この柱のそれぞれにWeb3.0が活用できるのではと考えています。


奥田:まずはWeb3.0の基礎技術の取り組みを行うとともに、社外デジタル人財・プレーヤーの巻き込みによる基盤強化を進めています。そして、ブロックチェーンを用いたデータや各種ビジネスプロセスの信頼性担保、生産拠点における製造デジタルツインの活用、細胞・臓器のデジタルツインによる創薬プロセスの革新などにも取り組んでいきたいと考えています。
── 「Web3.0×ヘルスケア」の実現に向けたロードマップを教えてください。
志済:フェーズ1では、2025年までに先進的なユースケースを創出し、フェーズ2でその適用範囲を医療関係者や患者さんへと拡大、2030年以降のフェーズ3で、創薬プロセスの革新と新しいヘルスケアの社会実装を目指しています。
といっても、いきなり新しいことを始めるのではなく、私たちがこれまで進めてきた「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」の基本戦略に、Web3.0の技術をどう適用していくかを重視しています。現状では、すでに社内DAOの実証は進めていて、共創のあり方やトークンの活用についても検証を行っています。ここである程度ナレッジを蓄積しつつ、外のコミュニティにも広げていく予定です。
Web3.0の世界において、ヘルスケア産業は注目度の高いインダストリーの1つだと考えています。創薬や治療、健康情報など扱うデータも多彩かつ膨大なため、利活用のシーンやその価値はますます増大していくでしょう。その際に当社の知見やノウハウで世の中に貢献できるよう、少しでも早い社会実装に向けて邁進しているところです。

Web3.0×ヘルスケアの世界では、患者さん、医療関係者、研究者・専門人財、ヘルスケア企業の4つのプレーヤーに新たな価値が生まれる。データの主権は患者さんに移り、医療者や研究者、企業の垣根を越えたコミュニティが誕生。メタバース空間を活用したイノベーション創発も期待されている。
多様性をキーワードに新たな可能性を切り拓いていく
── 社会実装に向けた課題には、どういったものがありますか。
奥田:解決すべき課題は多いですが、1つには、先ほども申し上げた社会の合意形成があります。まずは私たち一人ひとりのヘルスケアデータに対する意識を変えていくことで、社会全体でのデータ利活用につながっていきます。マイナンバーカードと医療データのひも付けに関する議論は、その試金石になると考えています。一企業で解決できる問題ではありませんが、当社もヘルスケア産業界の一員として政策提言につながる発信や活動が重要だと考えています。
また技術面では、例えばデジタルツイン化の技術革新をどう進めるかといった課題がありますが、これにはコンピューティングリソースやAI技術、各種センサー・デバイス技術といった周辺技術との連携が欠かせません。人財についても規制/技術など多岐にわたるWeb3.0の論点とヘルスケアの知見をカバーする人財の育成・採用といったことが課題として挙げられるでしょう。
そうした人財発掘も含め、組織の壁を越えたDAOには非常に期待を寄せています。新たな共同研究やオープンイノベーションの手段になり得るのではないかとも考えています。一方、そこには権利関係などの新たな課題も絡んでくるでしょう。ブロックチェーンにより追跡性や透明性は担保されているものの、知的財産などの取り扱いについては今後も整理していく必要があると思っています。
志済:知財の問題もそうですが、DAOを通じて社内の人財の目が社外に向くことも考えられます。でも、それを恐れて社員を囲い込むのではなく、一社に縛られない多様な働き方を認めていくことも重要です。社員や企業の多様性を育むためにも、積極的に外のコミュニティに参加し、共創に取り組んでいく。そんな寛容性や柔軟性こそが、これからの企業には求められてくるのではないでしょうか。
奥田:中外製薬は、多様性を何より大切にしています。均一な集団のままですと、失敗に気づかず、新しいものも生まれないといったリスクに晒されやすくなります。そして、時代の変化にも対応しにくくなるでしょう。現在、当社社員の約25%はキャリア採用で、電機、建設、IT、旅行などあらゆる業界出身者が活躍しています。その多様性を十分に生かせるよう、我々の意識や行動を変えていくことも、Web3.0時代に向けた重要なトランスフォーメーションだと考えています。
── Web3.0/メタバースの発展に期待することや、未来に向けた想いをお聞かせください。
志済:インターネットの黎明期を思い起こすと、当時の私たちはこれが何なのかよく分からず、特殊な人たちの道具だと思っていました。スマートフォンにしても同様です。それが今やあって当たり前、なければ生活できないほど世の中に浸透しています。多分Web3.0やメタバースも同じで、今はピンと来なくてもやがて暮らしの土台となっていくはずです。そこには当然、ヘルスケアも入ってくるでしょう。その時代に先駆けて、製薬会社として果たしていくべきことは何か。まずは自分たちが考え、実践し、成果を創出していくことで、社会の行動変容につなげていきたいと考えています。
奥田:「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」は、「人・文化を変える」「ビジネスを変える」「社会を変える」の3つのフェーズで進めています。現在はフェーズ2の「ビジネスを変える」の段階にあります。Web3.0は人々の意識や行動を変えていき、さらには社会が変わっていくと見ています。技術や社会の変化に伴って私たちが目指すゴールも進化していく中で、つねに新しい可能性を追求し続けていくことが、当社の使命だと感じています。
もちろん、そこには多くの課題もありますが、それは決して悲観的なことではありません。むしろ創薬のアイデアが生まれ、開発がより進んでいくなど、ポジティブな期待を私は持っています。Web3.0/メタバースが開くヘルスケアの未来は、必ず明るいものになると確信しています。
2023年4月作成
2023年11月改定
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