がん医療への貢献1:ステークホルダーダイアログ

女性に最も頻発し、日本全国で年間約4万人もの方が罹患する乳がん。この領域にかかわりの深い中村清吾氏と富樫美佐子氏をお迎えし、中外製薬オンコロジーユニット長の田中をまじえて、がん医療の今と今後の課題、そして「患者さん中心のがん医療の実現」を目指す中外製薬が果たすべき役割についてお話しいただきました。(司会進行 押見史久(おしみふみひさ)株式会社リンクインベスターリレーションズ取締役)

がん治療における中外製薬の取り組み

司会
本日は、「患者さんが希望を持って、前向きに立ち向かえるがん医療の実現に向けて」をテーマに、お話を聞かせていただきたいと思います。はじめに、中外製薬のがん薬物治療のこれまでの取り組みについて教えていただけますか。
田中

中外製薬は、2002年にロシュ社(注1)と提携したことで、ロシュ製品を日本でも扱えるようになり、国内のがん患者さんにいくつものすぐれた医薬品を提供できるようになりました。年々、会社の体制を強化しながら、がん医療現場への適切な情報提供を進めています。こうした活動の積み重ねで、2008年にはがん領域の治療薬売上では初めて、国内シェアNo.1を獲得することができました。現在、がん領域では「患者さんが希望を持って、前向きに立ち向かえるがん医療の実現」をビジョンに掲げ、さまざまな取り組みを進めています。

(注1)
F・ホフマン・ラ・ロシュ社。本社はスイスのバーゼル。医薬品ならびに診断薬事業の双方に強みを持つ研究開発型の世界的ヘルスケア企業。

乳がん治療の変遷

司会
それでは、中村先生、これまでどのように乳がん治療が変化してきたのか、説明していただけますか。
中村

乳がんという病気の概念や治療方法が医学としてスタートしたのは、1900年の初めのことです。当時の治療は、乳房をすべて取り除くだけでなく、リンパ節をたくさん取るために、大胸筋という筋肉も一緒に切除する手術が主流でした。1980年代に入り、乳房内のがん細胞を手術で取り除く際に、必ずしもがんの周辺を大きく切り取る必要がないことが臨床試験で実証され、1985年以降、乳房温存療法と放射線治療を組み合わせた治療が定着してきました。
その後、化学療法やホルモン療法の臨床試験が行われ、細胞が増殖するメカニズムが徐々に明らかになってきました。そのなかの一つ、細胞膜の表面にあるHER2(注2)というたんぱくを経由して、細胞が増殖するような刺激を加えるメカニズムが解明されたことで、中外製薬の「ハーセプチン®」が開発されたのです。
こうして、新しい細胞が増殖する仕組みを解き明かしたうえで、創薬の研究・臨床開発が進められたことにより、乳がんの治療は大きな進歩を遂げました。全身治療としての化学療法やホルモン療法が加わり、分子標的治療薬(注3)といった新薬が開発されるなど、この10年間で治療薬の種類もかなり増えました。

(注2)
乳がんなどの細胞の外側にある目印で、細胞の核にがん細胞の増殖を促す信号を送っているもの。

(注3)
病気のメカニズムを解明し、そこにかかわる特定の分子を標的として開発された治療薬。

患者の立場から見た乳がん治療の進歩

司会
富樫さんはご自身の体験を通じて、乳がん治療の進歩をどのようにお感じになっていますか。
富樫

わたしが乳がんであることがわかったのは、1999年の8月末のことでした。胸にピンポン玉ぐらいのしこりを見つけ、マンモグラフィで検査を行ったところ、がんだと判明したのです。ショックでした。即日入院となり、3日後に手術。担当の先生から、「腫瘍が3cm以上あるので、乳房を温存する治療は無理だ」と言われ、非定型手術(注4)を受けたのです。その当時、乳がんに対する知識がなかったわたしは、不安でいっぱいでした。検査の結果、リンパ節への転移はないとのことでホッとしましたが、がんが大きかったために、手術後はホルモン剤と抗がん剤を併用することになりました。
乳がん手術後、再発の恐怖が大きくなり、あけぼの会に入会し、いろいろな情報を手に入れました。2年後の定期検診で肺への転移が見つかり、これで人生もおしまいか?と思いました。そのようなとき、勉強会で面識のあった中村先生にセカンドオピニオンをお願いしたのです。これが転機でした。「治療を一生続けなくてはならない」と言われ、先生の指示のもと薬を替え、それから4年間は毎週抗がん剤の点滴に通いました。中村先生は、ホルモン剤の効果が薄れれば別のホルモン剤に切り替えるという標準的な治療の流れに従って薬剤を提案してくださり、いままで使っていたホルモン剤が効かなくなったときに別のホルモン剤に切り替えました。効果は1年余り続いたのですが、腫瘍マーカー(注5)の値が再び上昇し効果が徐々に薄くなってきたので、別の抗がん剤に切り替えました。現在は新しいホルモン剤を飲み続け、おかげさまで小康状態を保っています。

司会
この10年間の乳がん治療薬の進歩を、身をもって体験されたのですね。
富樫
そうですね。以前先生から、「乳がんの薬は日々、たくさん開発されているので、1年でも1日でも長く生きていれば何とかなるよ」とお言葉をいただきました。実際、わたしもこの10年間でさまざまな薬に出会い、助けられてきました。もしもっと早い時期に発症していたら、こういう薬に出会うことはなかったわけで、幸運だったなあと思っています。もちろん今でも楽観はしていません。ただ使える薬がまだいくつもあることが、わたしにとって大きな希望となっています。

(注4)
非定型的乳房切除術。胸の筋肉を残して乳房を切除する手術。

(注5)
がんの進行とともに増加する生体因子のことで、主に血液中に遊離してくる因子を、抗体を使用して検出する臨床検査の一つ。

標準治療とは

司会
富樫さんは中村先生から標準的な治療を受けたとうかがいました。ところで標準治療とはどのような治療法ですか。
中村
標準治療というのは、大規模臨床試験という科学的な根拠に裏づけされた、最も効果が高い治療法のことです。新しい臨床試験で、より効果の高い治療法が判明すれば、それが新しい標準治療となります。欧米では、1990年代に入って、こうした標準治療をベースに、がんの種類別に治療の指針となるガイドラインが作成されてきました。日本は欧米に遅れをとっていましたが、最近ではようやく国内でも質の高い大規模臨床試験が行われるようになり、各がん治療のガイドラインが示されるようになってきました。ただし日本では未承認の薬や適応外の薬もあり、世界レベルの標準治療が、まだ国内の標準になり得ていないというのが現状です。わたしたちは、この日本と世界とのギャップを何とか縮めようと、日々努力を続けています。

「患者さん中心の医療の実現」に向けた中外製薬グループの取り組み

司会
日本の標準治療を、1日も早く世界レベルに近づけたいということですが、これは、中外製薬が目指している、「患者さん中心の医療の実現」にもつながるのでしょうか。
田中
はい、そうですね。標準治療における世界とのギャップを縮めることは、患者さん中心の医療を実現するために大変重要なことです。この標準治療の推進に最も有効なのは、チーム医療(注6)であると言われています。がん医療で世界の先端をいくM.D.アンダーソンがんセンター(注7)の先生方からも「製薬企業もチームの一員である」と教えられたことがあります。また、国内の標準治療の実施状況に関するある調査結果からも、チーム医療を支援することが標準治療の普及に有効だということが明らかになっています。
チーム医療のお手伝いと、効果的な情報提供を通じて標準治療を推進し、患者さん中心の医療を実現すること――これが中外製薬の役割です。そのために、数年前から学会やセミナーなどを通じて、先生や看護師さん、薬剤師さんに情報をお伝えするなど、さまざまな取り組みを始めています。
司会
患者さん向けには、どのような活動をされていますか。
田中
がんの疑いや告知を受けた患者さんは、不安を抱えられている方々ばかりで、質の高い情報を必要とされています。そこで、患者さんをはじめとする一般の方向けに正しい情報をお届けするウェブサイトを、2009年5月に立ち上げました。また、患者さんの集まりである患者会に対しては、ピンクリボン運動やがんチャリティコンサートをはじめ、さまざまなイベントの支援や勉強会の開催を行っています。

(注6)
患者さん自身もチームの一員として参加し、医療にかかわるすべての職種がそれぞれの専門性を発揮し協力し、お互い対等に連携して医療に臨むこと。

(注7)
米国テキサス州ヒューストンにある世界有数の最先端のがん専門病院。一人の患者さんの診療に多くの職種が参加するチーム医療をいち早く取り入れた病院として有名。

グローバル企業として個別化治療の時代への貢献を期待

司会
それでは最後に、中外製薬に対する要望や期待をお聞かせいただきたいと思います。中村先生いかがでしょうか。
中村
これからのがん治療は、一人ひとりのがんの個性に応じた診断や治療を行う、「個別化治療」の時代を迎えます。個人の価値観や人生観も含め、その人に最もふさわしい治療法は何であるかということを、医師と患者さんが話し合って決めていくことになるのです。どの薬が患者さんに適当かという判断は、医師でもなかなか難しいところがありますが、新しい分子標的治療薬を数多く持っている中外製薬は、患者さんの目線に立って、自分たちの薬の位置づけを明確に伝えています。わたしは中外製薬が、「患者さんが希望を持って、前向きに立ち向かえるがん医療の実現」をビジョンに掲げ、それを実践するために革新的で有用な薬を開発して、1日も早く患者さんのもとに届けようと活動している点を非常に評価しています。
これからは、いっそうわたしたち医師と薬企業が協力し、本当に必要な薬をタイムリーに使える治療体系をつくっていきたいと思っています。
田中
中村先生のお話をうかがって、わたしたちが果たすべき役割の重さに身が引き締まる思いです。製薬企業が個別化治療に貢献するためには、まだ多くの研究すべき分野があると考えています。今後ともロシュ社と共同しながら、先生方や患者さんにとって有用な薬を生み出していきます。
中村
ぜひよろしくお願いします。先ほどもお話したように、今後は世界中のどこに行っても同じレベルの治療が受けられる社会をつくっていく必要があると感じています。中外製薬には、グローバルにもいっそう貢献してもらえることを期待しています。
田中
グローバルな活動は、わたしたち自身も大きなテーマとしてとらえています。その一環とも言えますが、2009年10月に、企業活動としてではなく、中立的な立場でも日本のがん医療に貢献をしていきたいということで、中外Oncology学術振興会議という一般社団法人を設立しました。ここでは、がん領域の世界トップレベルの先生方との交流をはじめ、いろいろな問題提起や、問題解決に向けた提案活動をしていく予定です。

患者さんが希望を持てる正確な情報提供を

司会
患者さんの立場から、富樫さんはいかがでしょうか。
富樫
わたしは、先生、病院のスタッフ、製薬企業の人たちに、本当に毎日感謝して生きています。この薬がなかったら、わたしはどうなっていたのだろうといつも思っています。その一方で、薬の開発が間に合わずに大勢の人たちが亡くなっているという現実も見てきていますので、海外で承認されている薬は日本でも早く承認して、先生たちが自由に使えるようになってほしいと願っています。
田中
おっしゃるとおりですね。わたしたちは、よい薬を早く世に出すことが、製薬企業の社会的な責任だと考えています。患者さんのために何ができるかを常に考え、臨床試験で結果が出なければ、国内のすべての患者さんがこの薬による治療を受けられなくなってしまうという責任を重く受け止めながら、日々開発を進めています。
富樫
もう一つお願いがあるのですが、中外製薬が支援しているがん患者さんへのイベントが増えてきているなかで、一般の人たち向けのがんセミナーも開催されてはいかがでしょうか。大変画期的なセミナーになると思います。たとえば、ピンクリボン運動自体は活発化していますが、一方で女性の乳がん検診率はなかなか上がっていないのが現状です。検診は必ず受けるものという啓発こそが、まずは大切なのではないでしょうか。そして乳がんになっても、しっかり治療を受ければいくらだって生きていけるよと、患者さんが希望を持てるような正確な情報提供を行ってくださればありがたいと思います。
田中
ご指摘いただいたように、乳がん検診率を上げるためには、メディアへの働きかけを含めて、より多くの情報発信が必要だと考えています。それから、患者さんをどのように見守っていくかという点も大変重要で、患者さんやご家族に対して製薬企業としてどのように貢献できるのかは、今後検討すべきテーマであると言えます。
中外製薬が取り組むべきテーマは多岐にわたっていますが、皆さまのご意見に真摯に耳を傾けながら、「患者さんが希望を持って、前向きに立ち向かえるがん医療」の1日も早い実現を目指していきます。
司会
本日は貴重なお話をありがとうございました。
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